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海に沈む夕陽と朱色に

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なんか用ですかって、それだけおれは言って。げっそりと肩を落とした。
気がついたばかりのおれの感情。それ、何とか落ち着くまで会いたくなかったって言うのにな。あー……。だけど名取さんはそんなオレには構わずに誘ってくる。
「ようやくね、免許も取ったし車も買ったんだ。どうかな夏目。きっと今から海に向かえば夕陽が綺麗だよ」
「……車、持っていなかったんですか?」
「ああ。だから前に温泉に行った時は公共機関を乗り継いだんだよ」
「そーいえばそうでしたね……」
このまま校門のところで話なんかしてるのは目立つから嫌だ。
突き刺さってくる好奇心剥き出しの大勢の人の視線が痛い。
だから仕方なく、なんだ。
さあどうぞと促されて開けられた助手席のドア。そこにおれは乗り込んでしまった。
……顰め面で、だけど。でもオレの耳がすごく熱くて赤くなっていたのは内緒、だ。


海は綺麗だった。夕映えの空。次第に暗くなる海の色。蒼い色に滲むオレンジと朱色。暖かいような、それでいたどこか冷たさを感じる不思議な色。なんとなく、ほけっとしながらおれは砂浜を歩いていって、靴が濡れるかなとか思ってその靴を脱いで手に持って。足に触れる波。
おれはただ無言で。波とか空とか海とか見てて。名取さんも別におれに話しかけようとかもしなかった。
二人で黙ったまま暮れなずむ夕陽を見ていた。ゆっくりと、世界が青からオレンジに変わって、そしてまた蒼に沈んでいく。
海だ、なんてはしゃぐことなんかしないけど。海見て感傷的になってるわけじゃないけど。
ただ、見てた。
綺麗な世界を。
このままここに居られたらいいと思う。美しい処で、何も言わなくてもよくて。でも独りじゃない。黙っていても大丈夫な人がいる。
心が通じるとまでは言わない。でも名取さんはおれと同じものが見える人。お互いに嘘をつくことに慣れ過ぎて、話したいのに話せないことがたくさんあって。
……話したいけど、知られるのが怖い。
いつか話せるといいとは思う。だけど。
嫌われて、怖がられること。疎まれること。
そんなことには慣れていた、はずなのに。
藤原夫妻に引き取られて、名取さんにも出会って。
そしたら怖くなったんだ。
本当の心を知られることに。知られて、それを否定されることに。
妖を見つオレを気持ちが悪いと否定だけされていた頃にはこんな気持ちは抱かなかった。
仕方がない。おれは普通の人が見えないものを見るのだから。理解されないなんて当たり前。だから、一人で生きていきたいなあ……なんて、誰とも繋がれない日々を求めていて。だけど、優しい人たちに出会えて、おれ自身少しは優しくなれたと思えて。そうしたら、一人の孤独にはもう戻りたくなくて。
……嘘を、ついた。ついて、いる。
妖なんか見えないように振舞って。何にもないと笑顔を浮かべて。心配なんかさせないように、妖のことで大事な人たちに迷惑をかけないように。そうやって、嘘を重ねていく。

――嘘をつくのに疲れたら、私のところにおいで。

多分、名取さんのあの一言がおれの心のどこかに突き刺さったんだ。

――私達なら嘘をつかずに付き合っていけるかもしれないね。

夢を、見た。小さいころ、妖を見るせいで「ウソツキ」と言われ続けていた。あの頃は嘘はついていなかった。
むしろ今だ。妖なんか見えないフリの嘘をつく。
「うそつき」
夢の中で塔子さんと名取さんにそう言われた。
夢なのに、おれは悲しくて泣いた。
妖が見えると塔子さんに言ったとしたら、嘘つきだとは言われないだろう。本当に優しい人だから。暖かくて、おれはずっとここに居たいって生まれて初めてそう思った。だから言ったらきっと。おれのことを思いやってくれて、きっと……心を痛めてくれるだろう。だから、言いたいけど言えない。
名取さんに友人帳のこともおれの気持ちも全部話してしまったら。
温泉旅行に行った時だったかな?ニャンコ先生に言われたよな。友人帳めあてで構ってくれるんじゃないかとうじうじ考えるに決まってるって。……たしかにそうだ。おれの気持ちなんか名取さんに話したら。うん、友人帳のことと同じようにおれはうじうじ悩むんだろうな。
……面倒だな本当に。おれのこういう後ろ向きな考えは。
話したいこと、たくさんあるのにいつも言えない。
きっと、言う勇気がおれにはない。
いつか話せる時が来るんだろうか?それともずっとこのままで?
このままなら。時折今日みたいにふらりと名取さんはおれの前に現われてくれるんだろう。考え方は違っても同じものを見ることのできる人。
……気がつかなきゃよかったけど、それでもおれが初めて好きになってしまった人。
どう、しようかな。
そんな迷いを悩みながら、おれは夕陽と海を見るともなしに見ていただけで。
傍から見たら呆けているようにしか見えなかっただろう。でも、名取さんはそんなおれに無理に話しかけることなんかしないでくれていた。
ふと、気がつくと懐かしい感じのするメロディが聞こえてきた。
英語の、歌詞。だからあんまりよく意味はわからない。だけど。
So cry no more.
だからこれ以上泣くな。
ところどころだけ、意味がわかった。
will be all rightって名取さんが歌ってる。大丈夫だってそう云ってる。波の音と名取さんのバラードが不思議とおれの心に、身体に沁込んできた。
独りじゃないよ、僕らはたった二人だよ。
だから波打ち際でこれ以上泣くな。
悩む必要はないよ。ここから全てを始めよう。
低く、温かく、ゆっくりと。波の調べのように寄せては帰るそのバラードの調べ。
夕陽が沈む。夜になる。空は蒼く染まっていく。
言えないことたくさんある。
言いたくても言うための勇気がなくて。
おれはこのままこの優しい世界に留まりたくて。
……多分、在りのままのおれを受け止めてもらえる自信がなくて。
だから、このままでいたいんだ。ここに、留まり続けたい。
夕陽の暖かいオレンジ色。輝く海、波の飛沫。名取さんの歌う声に包まれる。

この先に踏み出したいという気持ちよりも遥かに強く。オレはこのままでいたいんだ。
世界を、このままに留めたい。
夕陽、沈まないでくれ。
もう独りの夜には戻りたくない。
頼むから。ずっと。

だからオレは口を噤む。
言いたい想い。言えない感情。
頼むから、このままで。

胸がつまって泣きそうになる。だから無理やり思考を逸らす。
「名取、さん」
呼びかけてみたら、名取さんはおれを優しい目で見返してくれた。
「今うたってた歌、なんて言うんですか?」
当たり障りのない会話になるように。名取さんは少し照れたように「古い曲だよ」なんて言って、その歌のタイトルを教えてくえれた。
「今度、ドラマで歌うシーンがあってね。かなり練習してたから。……無意識に歌ってしまっていたな」
まだあまり上手く歌えないんだ、なんて言い訳みたいに言って、名取さんは薄く笑う。
あ、ちょっと照れてるのかもしれないこのヒト。
そんなことに気がついたらおれはなんとなく嬉しくなった。
ただドラマで歌う曲が口から出ただけで、歌詞にもメロディにも意味はないのかもしれないけど。だけど……独りじゃないって歌ってくれた。
作品名:海に沈む夕陽と朱色に 作家名:ノリヲ