たろかん習作
「…」
「ねー、太郎さんってばー」
「…」
パソコンに向かい、太郎はキーボードを打っていた。
その後ろには甘楽。
彼女は何をするでもなく、ただただ彼に向かって話しかけていた。
だが、返事はない。
集中すると、周りの声が聞こえなくなってしまうのは、彼の特徴だ。
甘楽はそれを知っている。
だからこそ、気に食わなかった。
今日は、数週間ぶりに時間が合い、一緒に過ごすことが出来るはずだった。
けれどふたを開けてみれば、太郎は仕事を持ち帰っており、甘楽の相手よりもそちらを優先させている。
そのことに甘楽は腹を立てていた。
仕事を持ち帰ってしまったことは仕方が無い。
だがそれを理由に、甘楽をぞんざいに扱うことが許せなかった。
だから一つ、彼女は悪戯を試みた。
「うわっ」
突然の背中への衝撃に、太郎は思わず声を出した。
後ろを振り返ると、そこには笑顔の甘楽がいた。
「…やめてください」
「やですー!」
ぷうっと頬を膨らませながら、けれど笑顔で甘楽は答える。
その反応にため息をつきながら太郎は再びパソコンへと目を向けた。
どうやら気にしないことに決めたらしい。
そんな態度が気に入らなくて、甘楽は太郎との距離をどんどん縮めていく。
密着度が時間の経過と共に上がり、気がつけば胸を押しつけるような形になった。
「…ところで甘楽さん?」
「!なんですか!太郎さん!」
「何してるんですか?」
「何って…胸をおしつけてまーす!太郎さんがその気になるように!」
「…はあ」
わざとらしいため息をつきながら、太郎は言葉を続けた。
「あのですね、あなた、自分の胸がどのくらいあるのか分かってますか?」
「Dカップです!」
「どう考えても無いでしょう。せいぜいAでしょ、貴方」
自信満々に答える甘楽に、太郎は呆れながら再びため息をついた。
その姿に、甘楽は更に太郎へと体を密着させる。
「希望的観測すら言っちゃだめとか太郎さん酷い!でもAからDに近づけることは出来ますよ!太郎さんなら!」
「はいはい」
「なんですかその適当な返事は!」
「適当に返す以外にどう返せばいいんですか…」
「んー、返事よりも行動で返してほしかったですね。残念!」
「…は?」
そう言って、今度は太郎へ体重をかけていく。
体がどんどん前傾し、太郎の額がキーボードとぶつかりそうになった。
「だーかーら!私の胸を大きくするだけの簡単なお仕事をしようとすれば、満点だったんです!」
「はぁ…」
「反応薄いですよ、太郎さん!」
「分かりました。じゃあ10分だけ待ってください」
「ほんとに10分ですね」
「ええ、10分です」
「じゃあ待ちます。でもなんで10分?」
「10分したら、終わりますから。そしたら甘楽さんの相手出来ますんで」
「分かりました!じゃあきっちり10分、待ってますねー」
そう言って、甘楽は太郎から体を離した。
何をするつもりなのかは分からないが、それでも太郎は集中出来る環境をこれで手に入れた。
そうして再び太郎はキーボードの上で指を動かし始めた。