その心に触れて
孫兵は立ち上がって、医務室を出た。
夕焼け。そう表現されるように、炎で焼けているようにあらゆるものが赤く染まっていた。
ヘビが逃げ込みそうな草むらを一つずつ当たっていく。
いくつか回ったところで、草むらを掻き分けていた人を見つけた。
その人の制服の色が、赤と重なって、まるで別の色の制服に思えた。けれど、その後ろ姿を見間違えるわけはなかった。
「竹谷先輩!」
声を上げると、その人物は振り返った。
「……孫兵」
気まずそうに目をそらされる。
一瞬、拒否されるかもしれないという不安が過ぎったけれど、勇気を振り絞って近づく。
「さっきは僕のせいで、すみませんでした」
深く、頭を下げる。足下から伸びる影が、いつもよりも長かった。
「俺の方こそ、手を出して悪かった。……その、ほっぺた、大丈夫か?」
顔を上げれば、不安げな表情の先輩が頬に手を伸ばしてきた。
「なんか、ごめんな」
先輩は、ゆっくりと言葉を吐き出した。
「いえ、僕が勝手に……」
「それ以前に、俺がちゃんと、正しい方法を教えていれば良かったんだよ」
本当に、触れるか触れないか、わからないくらいで頬に手を添えられる。一瞬、背中にぞくっとした緊張が走る。
「ちょっと他のやつとは違うことをしたかったって言うか、先輩として格好つけたかっただけで、お前を危険な目に合わせてしまって……。本当に悪かった」
謝らないでください。伝えたかったのに、すぐに言葉として出てこなかった。
「孫兵につくのが、ちゃんとした先輩だったら良かったんだけど……」
「そんなことないです!」
竹谷先輩はちゃんとした先輩だと、言いきれるわけではなかったけれど。
一度、開けた口を、勢いのままに動かす。
「僕は、竹谷先輩にいろいろ教えてもらえて、良かったと思っています。だから、謝らないでください」
謝るときの、そんな表情を見たいわけじゃない。
「竹谷先輩なんてあんまり先輩の威厳とかもないんですから、そんなに先輩ぶらないでください。大人っぽいふりするよりも、もっと笑って、楽しそうにしていてください」
笑っている顔が好きです。
最後の言葉は飲み込んで、先輩を見つめた。
ようやく、笑ってくれる。
「ったく、ひどい言い草だな。威厳ないとか言われると傷つくぞ」
「だって、そうじゃないですか。委員長に怒られたときとか……」
「この……っ」
頭巾がずれるくらい、頭をくしゃくしゃと撫でられる。
やめてくださいというと、もっと酷くなった。
「逃げ出した毒ヘビ探すの、手伝います。僕のせいですから」
「お前のせいじゃなくて……。まぁ、二人で探したら早く終わるか」
手伝ってくれ。
はい、と返事をして頷いた。
ほんの少しでも、頼りにしてくれたことが嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。