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あなたのお名前なんですか

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「ノア、ノーア……いい名前ですね」
「ダンケ」
ウーリッヒは手元のメモを覗きこみながらいい名前ですともう一度繰り返す。
誉められることには慣れていないので、メッサーはかかっと頬を赤くした顔
を俯けた。
「で、でももっと別の名前でも良かった……君みたいな」
心なしかいつもより早い口調になっていたが相手は気に止めなかったようで、
そうですか?なんて首を傾げる。だから、だってノアなんて軟弱そうじゃない
かとは言い募れなかった。
「あなたにはピッタリですよ」
「え、」
弱そうなのに?とちょっと傷つきながらメッサーが逸らしていた顔を戻すとま
るで子供を叱るように眉を少し吊り上げた――でも不思議と全然怖くない――
ウーリッヒが人差し指を顔の前にたてていた。
「あなたは無茶し過ぎです。ちゃんと休息をとって身体を労ることも大切な
 お仕事ですよ、あなたの名前通りにね」
分かりましたかと先輩面して念を押す同僚にうっかりジワッと胸をうたれてし
まったのは内緒だ。労わられることにだって慣れていない。
「……ヤー」
「約束ですからね」
そういってウーリッヒは眉を下げていつもどおりにへちゃりと笑った。

「で、トミーズはどうでもいいとして、あの石頭がヴァルターだなんて、何か
 の間違いじゃないですか」
ピシッとメモを指先で弾く。
ああまた始まったとメッサーはこっそり溜め息をついた。同じ海軍のくせにど
うして何かにつけひとつはケチをつけないと気がすまないのか、全く理解し難
い関係だ。
「こんな大層な名前じゃ名前負けもいいところです」
何が支配ですか、と口を尖らせる。その台詞をまんま返してきそうなお相手を
ありありと想像して、心の中でうへっと唸った直後、
「気安く呼ばないでもらいたい」
今一番聞きたくない声が背後から聞こえた。
「ビ、スマルクさん……!」
「……それは私に言ったんですか?盗み聞きなんて、さすがフォンの称号を
 持つ方は違う。品行方正なことで」
「聞かれたくない話なら次から共用の廊下ではしないことだな」
「だったら貴族専用の通路でもお作りになったらいかがですか、金に飽かせて」
「検討する必要がありそうだな」
減らず口では一枚上手なビスマルクに、ウーリッヒの機嫌があからさまに急降
下していき、釣られるようにあからさまではないがビスマルクの視線の棘が増
していく。はわはわと見守るメッサーには目もくれず、数秒間か数分間か睨み
合っていたのだが、ふいにビスマルクがふっと大人の余裕とでも名付けたくな
る笑みになってそういう君こそ、と妙に優しい声音を出した。
「君こそ改名を申し出た方がいいんじゃないか?」
ぴくっとただでさえ険しいウーリッヒの目付きが更に剣呑になる。ああ胃が痛
い今すぐ逃げたいあの紅茶男の所でもいいから最大速度で飛んでいってしまい
たい。そんなメッサーの心中は当然察せられることはない。
「何ですって?」
「人の顔見るたびフーフー毛を逆立ててまるで猫だ」
「なっ……私を侮辱するつもりですか!」
「いいやこれは助言だよ。猫なら猫らしく、ごろごろ喉を鳴らしていれば可愛
 がってやらなくもないと言っているのだよ。只の猫が嫌ならベルクカッツェ
 あたりで手を打ったらどうだ」
傍目に見てもウーリッヒの沸騰するさまは手に取るように分かった。もう逃げ
ていい?と誰にともなくメッサーが呟いた時、その爆弾は落とされた。
「全く、爪を立てる時は可愛いものなのに」
「?私がいつ爪なんて……」
「人の背中を傷だらけにしておいて覚えてないとは呑気なものだな」
「……っ!!な、ななななにを、言って…っ」
「目先の事しか見えない思考は致命的だぞ。せいぜい精進したまえ」
ふふん、と鼻先で一笑するとコートの裾を翻したビスマルクは靴音高く去って
いった。後に、言葉をなくし肩を震わせるウーリッヒと、ぶはぁ!と盛大に吹
き出したのに見向きもされなかったメッサーを残して。

「あの…………ウーリ」
「ノア・メッサーシュミット!」
「ハイッ!」
名前を最後まで呼ばせてもらえず何故かフルネームを叫ばれ、メッサーはビシ
リと背筋を伸ばした。ただし、声は裏返っている。
「空の勇者さん、私たちは……ともだちですよね……?」
うつむき加減で心なしか低い声でウーリッヒはぼそりという。
「え、友達と言うか…同僚と言うか……」
「トモダチ!ですよね!」
「ヤ、ヤー!」
踵をかんっと鳴らして更に背筋を伸ばしたメッサーを振り返ったウーリッヒは、
笑顔だった。
「トモダチのノア・メッサーシュミット、あなたは今何か見ましたか?」
満面の笑みで一歩ずいっと踏み出され、思わずじりりと後ずさる。後退りせざ
るを得ない迫力が渦巻いている……ようにメッサーには見えた。
「何か、聞きましたか?」
じりじり詰め寄られて既に半分涙目でメッサーはぶんぶん首を降る。
「なにも、聞いてないし見ていない。そうですよね?」
今度は縦に、コクコク。
「誰も、来なかった。そうですね?」
コクコクコク。
筋を違えるんじゃないかというほど首を何度も何度も勢いよく頷ける以外に、
メッサーの取る道があっただろうか。いやない。
そんなメッサーの様子をじっと十秒はたっぷり見つめてからウーリッヒはぱっ
と前触れもなく禍々しいオーラを消した。笑顔だけは変わらず。
「さあ、なんの話でしたっけ」
あ、名前でしたねと一度グシャグシャに親の仇とばかりに握り潰したメモをい
そいそ拡げる同僚に初めて恐怖を覚えつつ、同時に心の底から新設の空軍
でよかったとしみじみ思う夏のある日だった。



                    <あなたのお名前なんですか>