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冷水塔守

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何処とも知れぬ森の中、いや、管理された公園のような、まばらな林の間を抜ける、赤っぽい、磨り減った煉瓦の敷いてある小道を、もうあるだろうか、もうあるだろうか、と思いながら歩いていくと、もうそろそろ「あるだろうか」と思うことにも飽きた頃に、ちょうど林が途切れて、ぽかりと、唐突に浮かび上がったように、雲ひとつない、抜けるような青空を背景に、その冷水塔は、ある。




------ええ。僕たちは双子なんですよ。似てない?あ、彼にはもう会いましたか。ええもう相当もじゃもじゃしてますよね。確かに似てません。
 僕もそう思います。実際、一緒に育ったという記憶もありません。
 ですが、この冷水塔守の仕事は、いつも双子にやらせるものだってことですから、多分、双子なんだと思います。
 せめて身に着けるものから似せようと思って伊達眼鏡をかけてみたんですけど。あ、彼のと形が違う?でも僕はこの方が似合うんで。

 半日づつ交代で、僕たちは冷水塔守をしています。半日、仕事をして、一日に一回、お茶の時間に・・・あ、3時だからお茶の時間と言ってるだけで飲むのは珈琲です。たまにはお酒を入れた珈琲になります。
 まあ、そのお茶の時間にだけ顔を合わせて、会ってない間にそれぞれあったことを話します。そこで交代して、あと半日は休みます。
 冷水塔の話もします。飽きないのかって?これが、前任者も言ってましたが、飽きないですね。
 何故かはわかりませんが、代わり映えするはずのない塔なのに、毎日、何かしら違った感じがあります。それを報告しあいます。
 前任者は、双子の姉妹でしたよ。ええ、彼女達は僕らと違ってとても似ていました。100人に聞いたら99人が双子の姉妹だろうと答えて、残り一人のヒネクレ者が、いやこれは何かのトリックだ、と疑いそうなくらいそっくりでした。冷水塔守を交代するときに一回会ったきりですけどね。

 仕事は冷水塔の記録をつけることです。自分の担当時間の間に1回。彼の担当時間の間に1回、水を抜き取っていろいろ計測して、記録をつけてラベルを貼って保管します。計測内容は秘密です。知っても特に面白くないですよ。
 そう。彼も同じことをやっています。お互いの記録は見られます。
 同じ冷水塔の水が昼夜で変わるわけはないですよね。まあ、ちょっとは、何か違うかもしれないけど。でも彼の記録と僕の記録はとても違います。どう違うかはお教えできませんが。
 何故、違うのかはわかりません。僕たちが似ていないからでしょうか。前任者の記録を見たいんですが、それは出来ないんです。彼女達、ここから去るときに持って行きました。そういうものみたいです。

 彼の記録を見るのは面白いですよ。で、お茶の時間に「何でお前が計るとこうなるの」とか言い合います。彼は彼で言い分があります。それを聞くのも面白いです。ま、上手くやってます。

 その辺の粘土細工は彼のです。変でしょう。この額の絵は僕が描いたものです。こっちも変でしょう。
 お茶の時間以外には会いませんから、製作過程は見たことがないんです。仕事の合間にか、交代した後の自由時間に作ってるのか、いつの間にか増えていきます。僕も負けずに増やします。


 冷水塔を何から守っているのか、ですか。
 守っているんですかね。冷水塔守というのだから、守ってるのか。鬼みたいなものからですかね。鬼みたいな形の粘土ならその辺りに転がっていますけど。
 僕は、ここで何組もの双子が交代しながらずっと冷水塔を守っているのは、いつか来る日のためなんじゃないかと思っています。
 いつか、何がきっかけかわからないけれども、その時が来たら、この塔が長いこと溜め込んで来た冷たい水が、一気に流れ出て、世界を浸すんじゃないかな。と。人類滅亡とか大洪水とか、そんな話ではないんです。
 ただ、冷水塔から静かに水が流れ出て、そこの煉瓦の道を濡らし、林を濡らし、ひたひたと、あの天の川が夜毎に宇宙を浸しているように、冷たく透き通った水が世界に染みとおって行くんです。そのときが来たら。

 僕たちの任期中にはこないかもしれません。そもそも、この冷水塔はそんなものではないかもしれません。
 でも、もし、僕たちがここにいる間にそのときが来たら、考えてることがあります。
 これ、見てください。彼の作った粘土細工の中でも一番、船みたいな形をしている奴なんですが。ええ。比較的、というか、当社比、ですよ。これに、僕が描いた絵の帆を張って、船出をさせてみようか。そういう計画を立ててます。こっそり。いや、ここにはそもそも誰も来ないし、何も禁止されている訳でもないので、こっそりする必要もないのですが。

 そのときが来たら、この変てこなガラクタみたいな船が、世界を浸していく水に浮かんでずっと流れていくところを、僕らは二人で冷水塔のてっぺんから見ているんです。ええ、それだけ。


 お帰りになりますか。いえ、邪魔なんてとんでもないです。こういう話でよかったんですか。

 そうですか。それじゃ。
作品名:冷水塔守 作家名:Physarum