曇り空の向こうに
「アーサーこれかっこいい」
「これが美味しいものか」
昔の小さかったアルフレッドの事だ。
生まれたばかりでなにも分からなかった子供にたくさん新しいものを教えた。
可愛い弟が出来て嬉しかった。
アーサーの後ろをついて歩いていた子供は会うたびに大きくなり、あっという間にアーサーの背丈を越してしまった。
「お前、成長するの早いな」
「?」
複雑な兄の気持ちなど伝わるわけもなく、伸び伸びと逞しくなったアルフレッドは大雨の降った日、独立した。
「やっぱり俺は自由を選ぶよ」
今でもその時の事を思い出す時がある。
あんなに小さくて無知だった子供が、大きくなって大人になった。
喜ばしいことなのに。どうしてこうもやもやしているのかと思ったら、最近のアルフレッドがおかしいからだ。
「君の作ったスコーンは最高にまずい!」だの、
なんだかアーサーにとって腹の立つことばかり言ってくる。
喧嘩なんかしょっちゅうだし、一緒にいるといらいらしたりむきになって言い返したりした。
「昔のお前はあんなに可愛かったのに!」
口喧嘩の最中に何度も言うセリフだ。
「またその話かい」
決まってアルフレッドはこういうのだった。
「いい加減にしてくれないか、君にとっての俺はいつまでも昔のままなんだな」
そう言うアルフレッドの表情は傷ついたように見えた。
アーサーのわだかまりは解けなかった。
そんな顔をするアルフレッドにさらにイライラしていた。
なにか言いたそうに口を結ぶと黙ってしまうから。
「言いたい事があるなら言えばいいんだ。憎まれ口を叩く暇があるならさっさとすればいい」
どうしてそんな顔するんだ。どうして…。
アーサーは分からないと思っていた。
アルフレッドにとっては自分は兄だと思い込んでいたからである。
アルフレッドにとっては、これが悩みの種だった。
いつまでも自分を弟か子供にしか見てくれない。
今の自分は一人前とは言えないかもしれないけれど、一人の大人の男だった。
アルフレッドは一人の男としてアーサーを愛していた。
「今の俺は君の目には映らないのかい?」
あの独立も、全ては一人の人間としてアーサーの前に立ちたかったからだ。
庇護される立場としてではなく、人として認められて、ちゃんと恋人になりたかったのだ。
いつも喧嘩で落ち着いた話も出来ないけれど、いい加減キスの一つでもして目を覚ましてやらなければならない。
「俺は君のヒーローになりたいんだぞ」
君にとって。君だけの。