二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

【腐向けAPH】双子【英西】

INDEX|1ページ/1ページ|

 
―――お前、これからどうすんだ?
 やっとまともに航海に出られるようになった頃、男はそう言って首を傾げた。俺も傾げる。そして笑う。―――何を今更。お前、ここまで手伝わせておいて俺に抜けろいうんかい。男は何度か瞬いてから、自分も気が抜けたように笑った。タールで汚れ、裾がほつれかけているシャツの袖で頬をこする。単に汚れた頬を拭おうとしたのかそうでないのかは分からないが、余計汚れが付いた。―――馬鹿やなあ、何汚しとんの。らしくない様子に笑って自分の袖で頬を拭ってやる。男は撫でられた猫のように目を細めていた。少しだけ黒い汚れが薄くなった。
 ―――あかんなあ、きれいに取れんわ。
 ―――いいんだよそれで。どうせまた汚れんだろ。
 ―――色男が勿体無いわ。
 ひひひ、とからかい気味に笑う。拭っていた手に手を添えて、男は本当に嬉しそうに笑っている。―――馬鹿だなあ、本当に馬鹿だなあ、お前ってやつは。アッシュブロンドが陽に透けて光る。顔を覗き込むと、俺のものとは色彩の違う緑の瞳が喜色を湛えていた。とうになくしたと思っていた穏やかさと一緒に。




 今こちらを見ているのは空色と菫色の瞳をした子どもたちだった。蜂蜜色の髪と顔かたちと背格好と、それらが殆ど変わらないくらいに思えた。この双子の見た目の違いと言えば瞳の色とあとは髪型程度だったが、性格からくる雰囲気の違いから見分けるのは容易かった。活発そうな方の、空色の目をした子ども―――アルフレッドが自慢気に今日の武勇伝を語る。曰く、街で悪い奴に絡まれたけどやっつけてみせたんだ、とか。やや過剰なくらいの話し振りは不思議と小憎らしくなく、微笑ましく感じられた。
「仕入れた分、結構なお金になったらしいよ。お小遣いだとかでちょっと貰えたから店を見て回るついでに買い物もしてきたんだぞ」
 かっこいいだろ。そう言って胸に光るぴかぴかのバッジを見せる。星の形をモチーフにしたデザインで、確かに子どもが言うように格好いい。うわあめっちゃかっこええなあ―――素直に褒めると、アルフレッドは嬉しそうに笑った。
 何か話したそうに大人しそうな、菫色の目の子どもが見上げてくる。マシューは何買ったん、と首を傾げると一層はにかんだ様子で、おずおずと口を開いた。
「あ、あのね……」
「マシューってばリボン買ったんだぞ。女の子じゃあるまいし……」
 言うより早くアルフレッドが口を挟む。双子の片割れにあっさりこきおろされてしゅんとした様子だった。リボン、と聞いておやと思ったけれどそういえばと思い直す。
「もしかしたらくまさんにリボンつけてあげるん?」
「……うん。ぼろぼろになってきてたから、新しいのにしてあげようと思って……」
 頬を赤くして答える子どももまた可愛らしかった。アルフレッドの方が犬のようにがしがし頭を撫でて褒めてやりたいタイプなら、マシューの方は子猫のようにとことん甘やかしてみたいタイプだ。そうかそうかー、とよしよしと頭を撫でる。
「優しいなあマシュー。着けたったら俺にも見せてな」
「うん……!」
 ぱっと表情が明るくなったマシューに反して、アルフレッドの方はというとぷうっと頬を膨らませている。多分お揃いにしたかったのだろう。個人的には二人ともリボンでも全然構わないような気がしたが。
 双子の衣服に目立った汚れはなかった。傷もなければ表情も明るい。撫でた髪こそ傷んだ感触がしたが、船旅ならばこんなものだろう。

 そうか、こんな子どもを抱える余裕もあるのか―――。

 昔を考えれば信じられないくらい船も立派になっていたけれど。裏切り者にひとつ部屋を与えて、飯も食わせて、治療もさせて。返す返すも思い返せばなんて待遇だ。―――海にぶち込んだ方が早いんでないかい。そう言ったとき、お前ひとりどうにでもできるさと宣ったのは嘘ではなかった。この船団は―――海賊は、富んでいた。
 自分はここがいち商船として結成された頃にここにいた。今とは比べものにならない、乗るのは十人ばかり、やっと体裁を取り始めた船。船長から走りまわらねばならない程度の、本当にちいさな、それでも自分達の船団だった。載せるものは長らく世話になってきた村の特産品だった。祖母ほどの年代の女性達が織った絨毯。魚の干物。珊瑚の髪飾り。干物の方は自分達で食べることも多かったが―――素朴な味わいの品は海の向こうの街ではそれなりに好評だった。何度も沈みそうになり、死にそうにもなったが、あの頃は確かに楽しかったのだと思う。……それが続いていくはずだった。
 ここは富んでいる。―――が、膿んでもいた。
 波間の代わりに独房とは程遠い部屋にぶち込んでくれた男を思い出していた。絹地に金糸で模様が描かれた服を見に纏っていた男を。持つ色彩はまるで変わらないのに、記憶とまるで違う笑い方をする男を。
「―――具合でも悪いのかい?」
 空色の目に覗き込まれてはっとする。マシューが足の方に視線を落とし「傷、痛む?」と首を傾げる。実際足の傷はもうよくなりかけていた。手の方だけが破片が残ったのか治療も長引き、足より治りも遅くなっていたが、それも最近では痛みも少なくなっていた。子どもの手が手を撫でる。傷だらけの自分の手と比べて、子どもたちの手は絵画から抜け出てきたようなきれいなものだった。
「……ありがとうなあ」
 やわらかく、ひたすらに優しい感触。
 この双子がこんな手でいられるのは確かに守られているからだった。同じように自分が守ろうとした子どもの手は、農作業や家事の手伝いでところどころ固いものを作っていたのに。
 あの記憶の男から変わり果てたものと思っても、この双子に注がれているのは確かにあの頃の不器用な愛情だった。それに俺は戸惑っている。あの冷たい横顔で。どうして。

 ただ、あの汚れた顔で笑う男が―――アーサーが、堪らなく懐かしかった。