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うつくしい世界でまた会いましょう

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セックスをした。

アルコールの余韻が脳内で揺れる。
日差しは高い。鳥の鳴き声をBGMにベッドの上で煙草を咥える。
火をつけ肺いっぱいに紫煙を送り込む。苦い、苦い、苦い。
吐きだせば白い煙が視界を覆った。

「・・・おはよ」
「・・・ああ」

隣でまるくなっていたシーツの中身が挨拶をする。
おざなりに返せば白い山はくつくつと笑った。

「まさか、最後までシちゃうなんてねぇ」
「うるせえ」
「煙草、似合わないよ」
「黙ってろ」
「ふふふ」

シーツの中身はすっと腕を出したかと思うと吸いかけの煙草を奪い取って自分が咥えた。
八重歯、変わらない風貌に頭が痛い。
アルコールの所為だ。
アルコールの所為であるべきだ。

「久しぶりだね、片倉さん」

行きずりの相手だった。
立て込んだ仕事が終わって一段落。あとは帰って寝るだけだった。
深夜から夜明けにかけ顔を出す売春街。普段ならば引っかかるはずもなく一蹴したが、その日は疲れていた。
ただただ眠りたかった。
そして客引きの男に腕をひかれるまま適当に万札を出し女ではなくベッドを買ったつもりだった。
ただ眠りたいだけだった。
ヘルスだかイメクラだか知らないまま入れられた個室で横になり惰眠をむさぼろうとした瞬間「おじゃましまぁす」と入ってきたのは若い男だった。

「あれ、お客さんどーしたの?」
「・・・」
「あはーもしかして騙されたと思ってる?俺様こう見えて名器だよ」
「・・・黙ってろ、俺は寝たいんだよ。金はちゃんと払うからほか当たれ」

虫を払うように掌で追いたてれば、男はにたりと狐の様に笑って人の上に跨った。

「じゃあしたくなるようにしてあげる」
「おい・・・!」

制止をかける間もなく男はあっという間に人のベルトを抜き放つ。早技。
そのままパンツのジッパーを下ろす。
下着の上から性器をなぞる指のなまめかしい動き。
疲れていた。
俺は疲れていたんだ。
眠りたかった。
泥のように眠ってしまいたかったんだ。

「お客さん溜まってるね。ふふ、俺様がすっきりさせてあげるよ」

笑った男の八重歯、見たことがある。

「お前・・・誰だ・・・」
「すぐに思い出すよ、片倉さん」

そうしてアルコールを供に一夜の過ちを犯したわけだ。
ゴムはしていない。こいつがつけさせなかった。こいつが悪い。

「セックスして思い出すって、なんだかドラマチックだよね」
「うるせぇ」
「片倉さんさっきからそればっかり」

出来うる限り全力で睨みつけてみるが猿飛は意に介した様子もなく相変わらず飄々と笑っている。
憎たらしい。
こいつの笑い方は、何百年たっても変わらない。

「そんな邪険にしないでよ。やっと会えたんじゃない」
「碌な会い方じゃなかったがな」
「相変わらず頭の固い人」

ふっ、と吐きつけられた紫煙に眉を潜める。
視界は陰り、それから晴れる。目の前で笑う若い男。いつかの様な緑のペイントは今はない。
明るいオレンジ色の髪と吸い付くような白い肌。
セックスをした。
首筋の赤い痕がそれを物語っていた。

「男と寝たのはあんたが初めてだよ」
「は」
「ヘルスだもん。本番なしに決まってんじゃん」
「お前」
「こう見えて、操立ててたんだぜ、小十郎さん」

目を細めて笑う笑顔は500年前とちっとも変らない。
あの八重歯が、キスの時唇に当たるのが好きだった。
キスをしてみる。
やはりその感触は、嫌いではない。

「小十郎さん、約束覚えてる?」
「来世で会おう、」
「今度は幸せにしてくれんだろ?指輪ちょーだいよ指輪」

けらけらとそこらの女子高生の様に笑う佐助は見てくれは整って細い。指も、少し関節が太いが指自体は細いと言っていもいいだろう。
女装させれば通るかもしれないとふと馬鹿な考えが浮かんで消えた。

「花は要るか?」
「花?」
「式でもあげてやろうか」

散々人をおちょくったお返しにと自覚のある悪人面で笑ってやれば、佐助は冗談!と噴出す。

「花束持ってブーケトスしろって?日本はホモに優しい国じゃないんだよ」
「そうか、残念だな」
「心にもないこと言う人は嫌いだよ」

灰皿に煙草を押し付け長さ佐助は相変わらずくつくつと笑っていた。
こいつは、以前よりもずっとわかりやすくなった。
平和な世というやつのおかげか。
徳川の天下も、今くらい感謝してやらなくもない。

「そんな男が恋しくて、今までずっと忘れられなかったのにか?」

耳元で低く囁いてやる。
自他共に認める低音を震わせれば、佐助の耳は簡単に赤くなった。

「かわいい奴だな」
「今まで忘れてたくせに、薄情者、卑怯だよ、あんた」

不貞腐れる男の髪を撫でる。
安っぽいシャンプーの香り。不釣り合いだ。

「退職届、すぐ出せよ」
「うん、明日からちゃんと養ってね」
「しっかりしてやがるぜ」
「当然」

セックスをした。

500年前の記憶の余韻が脳内で揺れる。
幸せになれなかった。ただ斬り合う運命だったのだから。
だが今や俺たちは刀を持ってはいない。
どうやら、今度は幸せになれそうだった。