緑陰
夏特有の濃い色をした木陰の中から詩音が話しかけてきた。
「実は私、圭ちゃんのことが好きなんです」
「…………はァ?」
俺は素振りを止めてバットを肩に引っ掛けて、詩音を見た。からかうような微笑みがいつも通りそこにあった。
「なに言ってんだ」
「あれ、信じてくれないんですか?」
「お前の言うことはいまいち信用できねーよ」
くすくすくす、と詩音は笑い俺は再びバットを構えなおす。
「だいたいお前は悟史のことが好きなんだろ?」
北条悟史。このバットの持ち主。沙都子の兄。そして園崎詩音の思い人。
俺が悟史について知っていることはこれだけなのだ。それなのに俺に好きだなんて言って、俺の中の悟史に関する数少ない情報を覆す意味はさっぱりわからない。
「悟史くんのことが好きだから圭ちゃんのことも好きなんです」
バットを振り切って、ちらと視線をやった先には、底の知れない笑み。
初めて、似てないなぁと思った。
あいつは、魅音は、絶対あんな顔しないだろう。
双子なのに。
「あ、そうそう」
詩音がなにやら明るい調子で手を叩いた。
「お姉も圭ちゃんのこと好きなんですよ」
え、と口に出すよりバットを振るう手元が狂うほうが早く、手中からするりと抜けていく重量に振り回されるように俺の体はみっともなく倒れこんだ。
「あらあらあら」
肩や腰に軽い痛み、間近にある土の匂い、そして意外にも笑いださなかった詩音が近づいてくる気配。
「動揺したんですか?」
「う、うるせーな。別にそんなんじゃねーっての」
「お姉のことなら信じるんですね、私のことは信じないのに」
起き上った俺の視界の中で詩音は放り出されたバットを拾い上げていた。
「だからそんなんじゃねーって言ってんだろっ!」
「何ムキになってんですか」
にやにやと笑って詩音が俺の目の前に立つ。畜生。やっぱ似てない。いやむしろ似てるのか?
「圭ちゃんは私を嘘吐きと思ってるみたいだから期待に応えて嘘を吐いてあげたんですよ」
「どんな捻くれ方だそれは……!」
「ハイ」
バットを差し出される。「悟史」の文字が、眼前に差し出される。
「もしかして圭ちゃん、お姉のこと好きなんじゃないですか?」
「……魅音は俺の最高の親友。それ以上でもそれ以下でもねーよ」
「あら、格好良い台詞」
くすりと短く笑うと、詩音はスカートを翻して歩きだした。
「ホームラン打てるといいですねぇ」
「応援来いよ、幽霊マネージャー」
皮肉やその他いろいろをこめた俺の声にも振り返ることなく、後姿は遠ざかって行った。