チームメイトといち、に、さん
昼休憩中に一人練習をしようと合宿所の門をくぐりグラウンドに出ようとした不動は声をかけられて立ち止まった。
振り返るとマネージャーの木野秋とその後ろに音無春奈がいた。
「今日は陽射しが強いから、水分補給しっかりしてね」
声をかけてきたマネージャーの木野はにこにこしながら言った。
このひたすらお人好しのマネージャーは、お世辞にも性格が良いとは言えない不動にも、こうして何かと世話を焼いてきた。
不動はその度に無視したりおざなりに返事をしたり、たまに舌打ちをしたりもした。
しかしこのにこにこと笑うマネージャーは「頑張ってね」などと言ってさらに追い打ちをかけてきたりするほどに精神が強かった。
「わぁーってるよ、いちいちうっせーな」
不動はいつも通り返事をした。
「もし気分が悪くなったら私たちに言ってね」
不動はそれには返事をせずに踵を返してジリジリと照りつける太陽の射程圏内に一歩踏み出した。
「あ、そうだ!不動さん、帽子をかぶれば陽射しがマシになりますよ!」
名案だと言うように音無は手をポンと打った。
「はぁ?」
何を言いだすのだコイツは、と内心呆れながら不動は振り返った。
振り返った不動を見て音無は笑顔で続けた。
「ほら、この暑さですし、私たちが見てない時に不動さんが熱中症になったら大変でしょう?帽子ならきっと誰か持ってますよ!」
音無は自信満々に「綱海さんとか!」と続けた。
隣で木野秋が苦笑している。
「あのなぁ、おれは帽子かぶんねーよ!見てわかんだろ」
半ば呆れながら不動は言った。無視してもよかったが、このやかましい一年のマネージャーは、無視すると更にやかましくなりそうだったので不動は親切にも答えてやった。
「え、なんでですか?」
音無はきょとんとした顔で不動と、隣で苦笑している木野の顔を見比べた。
このうるさいくらいに元気でちょっと抜けている音無もまた、不動を構ってくる数少ないチームメイトだった。
こいつの場合は木野秋と違い、どちらかと言うと不動の行いに怒ってくることが多かった。
一年のしかも女でありながら不動に噛み付く音無を、はじめはどうしたものかと扱いに困ったが、今では慣れたもので適当に相づちを打ってあしらっていた。
年下の女と揉めるなんてことは格好悪いもんだと不動は思っていたからだ。
しかも、この一年マネージャーはあの鬼道有人の実の妹だというのだ。
容姿から性格に至るまで少しも似ている所は見当たらないが。
とにかく、こいつとの揉め事は避けるに限る、と不動は何かと無視していたのだが、この音無もまた強い精神の持ち主のようで何度冷たくあしらっても諦めることなく不動に構ってくるのだった。
「ほら、音無さん、不動くんは髪が短いから…」
見兼ねた木野が音無に大きなヒントを与えると、やっと理解したのか音無はまた手をポンと打って言った。
「あぁ!不動さんは髪がふわふわですもんね!」
音無が無邪気に言い放った言葉は、不動には無性に恥ずかしい形容詞だった。
“ふわふわ”とは鋭いナイフのように来る者を拒み傷つける不動の性格には少しも似合わない言葉だ。
音無の爆弾発言に一瞬驚いて固まっていた木野が口元に手を当ててクスッと笑った。
木野のその反応に、自分の言ったことのおかしさに気付いた音無もつられてあははっと笑った。
不動は頬に熱が集まるのを感じた。
チッと舌打ちして踵を返し、今度こそ灼熱の大地に踏み出した。
このおせっかいなマネージャー二人は苦手だ、と不動は思った。
後ろで「頑張ってね!」、「頑張ってください!」という声が聞こえて、不動は逃げるように小走りになった。
不動の剥き出しの耳は太陽の熱に焼かれたように真っ赤になっていた。
作品名:チームメイトといち、に、さん 作家名:犬川ム