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遣らずの雨

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小夜風を 越えて迎える寒の雨 別れを惜しむ朝時雨かな


「雨、か」
外を見上げればどんより曇り空。
微量ながらも降り続ける雨は寒い朝を余計に寒くする。
見るからに冷たそうなそれは、今すぐにでも外に出ようとしていた孫市を引き止めているかのようだった。
それはまさに、遣らずの雨。
「止むまで待つかい?」
後ろから聞こえる慶次の声に、孫市は振り返って答える。
「そうした方が良さそうだ」
と。
孫市の言葉に反応したかの如く、雨が少しだけ強くなったように感じた。

囲炉裏の中で爆ぜる薪を見つめるふたり。その間に言葉はない。ただぼんやりと見つめているだけ。
天候のせいかやや薄暗いそこを照らすのは、それだけ。
瞳に映った炎は、とても美しく燃えていた。慶次にも孫市にも映っている、全く同じ美しさ。
ふ、と孫市は視線を慶次に移す。慶次はそれに気付いていないようで、まだじっと囲炉裏を見つめていた。いや、気付いていないふりなのかもしれないが。
孫市は視線を戻した。そして昨夜の事に思いを馳せる。同じように薪が爆ぜていた昨夜。
もう、どれ程重ねたかもわからない幾度目かの逢瀬。その度に及ぶ行為。勿論昨夜もそうであった。
孫市にとっては、正直思い出すのも忌まわしいと思っているものだが、同時にひとつの悦びにも似た記憶である。
会わなかった日々と、互いへの思いの積み重ねによるのか、昨夜はいつにも増して互いに互いを求め合った。
そんな奇妙な慶次への感情に孫市は苦笑せずにはいられず、それは慶次もまた、同じであった。
夜が明けたらすぐに奥州へ戻る。政宗がうるさいからな、と昨夜の行為の後言ったというのに……と半ば自身に呆れつつ、孫市は少し乱れた衣服を整えた。
その瞬間、昨夜慶次によって新たにつけられた跡が目に付いて、僅かに顔が紅潮するのがわかった。
慶次もそれに気付いたのか、孫市の顔を覗き込むようにして
「大丈夫かい?」
と訊ねた。
「別に、大丈夫だ」
強がるようにして笑う。
そうすれば慶次の手が孫市の髪へ伸びて、優しく撫でてくる。
人並みよりもずっと大きな慶次の掌。包み込まれれば何とも言えず安心感が込み上げてくる。
「何すんだ」
しかし孫市は思わず抵抗した。
「お前さんが愛しい。ただそれだけだ」
だけれど慶次は懲りずに孫市の髪を撫でる。そんな、恥ずかしい事を恥ずかしげも無く。
真顔でお前って奴は……と孫市は思う。
見つめてくる視線はとても真摯で、思わず目を逸らそうとするものの体がいう事をきかない。
本能的に慶次を見ていたいと考えているのだろうか、と頭の隅で考える。答えは出るはずもなく。
思わず息を吐けば寒さを実感させるような真っ白な息が慶次の顔にかかった。
「寒い。が、お前さんの息は暖かいね」
「お前の掌に比べるとどうって事ねえよ」
そう言いながら孫市は慶次の手の甲に自身の掌を重ねる。
「お前はいつも暖けえな」
「そうかい?」
「そうだ」
きっぱり言い切る姿がおかしかったのか、思わず慶次は笑みを零す。
「笑うなよ」
「いや、何。すまないね」
相変わらず笑いながら、慶次の空いた左手が孫市の胸板に触れる。
孫市の空いた右手は慶次の肩口を握った。
慶次の左手が孫市の後ろに移動する。引き寄せるようにして腰を持った。孫市も慶次の肩を一層強く握って引き寄せる。
唇が触れるか触れないか、というくらいの至近距離でふたりは見つめ合う。
顔に直接かかる吐息の温もりは、身に沁みる寒さをほんのり和らげてくれる。
その理由が、互いの吐息であるから、という事に彼らは気付いているだろうか。
あともう少し近づけば口付けになる。けれどふたりはしようとしない。それよりも互いを見つめていたい。
言わずとも通じる思いは、長年の腐れ縁故か。
「けい……」
そして口を開こうとしたところで、ふたりの間に日の光が差し込んだ。
ふたりの視線が窓に向く。
「雨が止んだみたいだね」
「ああ、そのようだな」
途端先程までの雰囲気が嘘のようにふたりは離れ、お天道様と同じように笑う。
「それじゃあ、俺はそろそろ出立すっかな」
慶次を引き剥がすように立ち上がり、床に無造作に放り出していた陣羽織を拾い上げる。
その所作を慶次は文句らしい事も言わず、黙って見つめていた。
孫市の背に羽ばたく金の八咫烏。何度も戦場で見た姿。
戦場で見るこの姿も、先程までのしっとりしたあの姿も慶次はよく知っている。
それは孫市もまた同様。
「んじゃ、またな」
愛用の銃を手に取り、孫市の手が戸に触れる。
ほんの少し前までは慶次に触れていた両手。
あまりにもあっさりした別れ方。惜しむ事など一切しない、ある意味では彼ららしいかもしれない別れ方。
「ああ、また」
次はいつ会える、などとは言わない。いずれ必ず会うだろうから。だからこそこうしてあっさり別れの言葉を言えるのかもしれない。
そんな思いがふたりの間に交錯し、消える。
名残惜しいなどというものは、彼らの間にはないのだ。きっと。

戸が完全に閉まるのを見届けてから、慶次は大きく息を吐いた。

孫市は奥州に向かって馬を走らせる。
やはり冬の朝は冷える。早朝は過ぎたものの、この寒さは身に堪えた。
それ故かそれとももっと別の理由か、孫市の瞳に小さく時雨が浮かぶ。
「ああ、寒いな」
どうせならもっと降っていて欲しかったかもしれない遣らずの雨。
とっくに止んだ朝時雨。
残る温もりを掻き消すような冷たい風が、孫市を包んでいた。



朝時雨 上がり残すは余り風 冷える体に新たな時雨
作品名:遣らずの雨 作家名:梗乃