名前なんてあげない
1番はなんのことだかわからないよと困惑した様子で私を見つめるだけで、殴られても蹴られてもまるで意にも介さないで、最後には片手で両腕を掴みあげられて終わった。えみかに。えみかの正義感の強さといえば保健の大門に近いものを感じる。それぐらい、そのときのえみかは許せなかった。私の苛立ちは私だけのもので、誰にもどうすることもできないのに、どうにかすることさえ許してくれないのだ。大門も、えみかも、かおりも、……1番も。
かおりのことはみんなと同じぐらい好きだよ、って、きっとそんなことを言うに決まっている。それがどうしても、納得いかない。かおりほど優しくてかわいくてきれいな子を私は知らない。私がそういうのだからこの世にかおり以上の子はいない。私は私が世界一好きで大事でかわいがりたいけれど、かおりはもう、私のなかの永遠であり特別なのだ。かおりがいるから、私は私を愛することが出来るのに。1番はそんなかおりを、きっと私以上には見れないんだろう。
1番が私のことをどう思っているかなんてどうでもよくて、恐らく身内程度にしか見えていなくて、それは私も同じだ。でも身内なのだ。近すぎるほどの。1番の1番は弟で、その弟の1番は1番じゃない。かおりは1番を1番好きだという。かおりにとって1番は遠すぎる。心、の、距離が、ありすぎ、る。
けれどうまくいかない世の中を憂いて終われるほど、私の精神は従順にできていなかった。わがままは父親譲りである。
次の日はどうしてか、かおりの近くにはいれなかった。1番はあちこちに包帯を巻いていて、かおりが悲鳴をあげているのが聞こえる。近くにはいけない。きっと1番は、誰にやられた、だとか、そんなことは言わないだろうから。
悔しかった。
悔しまぎれの暴力は、ただ虚しい。
かおりに嫌われたくないのに、かおりの傍に無条件でいられて自然に手をとりキスができる1番の存在を、軽々しく疎む自分は虚しい。
自分。私。藤原愛実。
めぐみ、と呼ばれて最高にうれしいのは、かおりなのに!
かおりに何を言ったって、それが友情でしかないことは知っている。いまのままで幸せだということも知っている。
全部が全部、嘘にも虚構にもならない、冗談だとも思われない関係がほしかった。女であることを悔やむなんてこと、今まで一度だってしたことはない。それなのに。
1番の場所に最も相応しいのは私じゃないの?
ベッドにうつぶせになって、ゆっくりと、深呼吸する。
1番。かおりの1番のひと。私のなかに、名前はない。