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わかりにくい

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「あ、暑いです」
「そうだね」
「あ…秋山さんは暑くないですか」
「別に」
「エアコン、つけましょうよ」
「やだ」
「え?」
「嫌だ」
「ええ…」


困ったなあ。
私は思わず目が泳いでしまう。
もう夕方だからそろそろお邪魔したいのに、こんな、後ろから抱きかかえられるようにされたら、全然逃げられない。いえ、あの、逃げるって言うのもおかしいんですけど。ただ経験の少ない私には、男の人特有のかっちりとした腕や足で絡めとられるのは、心臓に悪い。それに、その男の人というのが秋山さんだから堪らない。意識を何処に向ければいいのかわからない今を一刻も早く抜け出して、昂る自分を落ち着かせたかった。


「困ったなあ」
「え」
「そんな顔してる」
「あっ、あの、すみません」
「本当なんだ」
「あ…」


またやってしまった。嘘をつけない悪い癖。
私は急に言葉が喉にひっかかるようになって、しどろもどろに言葉をつむいだ。


「あの、違うんです。もう夕方になっちゃったから、秋山さんにも迷惑だろうし、ご飯の支度とか洗濯物とりこんだりとかしなくっちゃいけないし。それに明日も大学があるし、ただ、あの、秋山さんがどうとかそういうのとかじゃ絶対なくって、だから」


自分の口下手さに恥ずかしくなって、どんどん顔の温度が上がっていくのがわかる。
その温度を自覚して、私は堂々巡りの恥ずかしさを味わう。どうしてこれっぽっちの嘘もつけないんだろう。情けない。秋山さんを悲しませない嘘すらつけないなんて。ほんとは一緒にいたいっていう本当の気持ちすらも言えないなんて。


「エアコン」
「え?」
「エアコンつけよう」
「あ…はい」


聞いていなかったのかしら、と小首をかしげた。でも、あんな恥ずかしい様子探られないだけマシだと思ったし、そこを察してくれる秋山さんは、やっぱり賢くて優しいなあと思った。


「はあー…涼しい…」
「君の家にはあるのか」
「何がですか?」
「エアコン」
「一応ありますけど…。ずいぶん古いので、使えるものなのかはわからないんです」
「今日の最高気温は37℃だ」
「そうなんですか!道理で暑いわけです」
「コンクリートが熱をこもらせて、体感温度は40℃を超すらしい」
「そんな、家に帰る頃にはびちょびちょになっちゃいますね」
「ああ、今夜も熱帯夜だろうな」
「そうでしょうね…」


会話がちぐはぐなのはいくら鈍感な自分でもわかった。
秋山さんは何が言いたいんだろう?


「俺の、言いたいこと」
「はい」
「わかってないだろ」
「…はい」
「君はどう思ったんだ」
「えっと…家に帰るのが暑くて大変だな、って話かなって」
「違う」
「え、違うんですか」
「全然違う…」


掠れたような声で私の耳元に囁くと、秋山さんは私の肩に頭をうずめ、違う違う、とぐりぐり頭をおしつけた。柔らかな髪がくすぐったい。
いったいどうしたのだろう。眠いのだろうか、甘えたいのだろうか。
すると、秋山さんはゆっくりと口を開いた。



「泊まっていけよ、直」



ああ、もう。ほんとうにかわいいひと。
作品名:わかりにくい 作家名:きよこ