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メリュジーヌ・モチーフ

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「臨也さん?そう、臨也さんはね。プシュケなの」
街の雑踏、合間から囁くように少女の声が届く。
すれ違いざまの会話、振り返っても既にその声の主は人波に紛れて定かではない。
――プシュケって何だ。
知らない言葉が脳裏に痕跡を残す。
自分の知らない臨也というものに、ほんの少しの苛立ちを感じた。
そう感じることの意味もわからないまま。

『それはギリシャ神話にでてくる、とても美しい女性の名前だ。他にもギリシャ語で「心」とか、「魂」「蝶」と言う意味がある』
それがどうかしたのか?というようにヘルメットを傾げるセルティ。
「臨也のことをそういってた奴がいんだよ。わかんねー言葉だったからイラっときてよ」
午後の温い空気漂う公園でセルティに会ったので、数日前から気になっていた言葉の意味を訊ねてみた。
そもそも「蝶」などではなく、あれはノミ蟲だ。思い出すだけでプちっと潰したくなる。ねめつけてくる眼つきといい、皮肉や訳の分からない戯言を滔々とする口元も。
「はっ、あいつはそんなお綺麗な言葉にあてはまるヤツじゃないだろ」
咥え煙草の口をゆがめ、煙と共に悪態を吐く。
『臨也のことをそういう風にいうなら、臨也の信者の子なんだろう。恋愛相談にでも乗ったんじゃないか』
あの折原臨也が、恋愛相談・・・な。想像もつかない。高校時代の臨也を思い出しても、そういう方面では女達をいがみ合せたりしてはいなかったか。幾度となく目撃した告白や、修羅場成り損ねの愁嘆劇。
「なんで恋愛相談なんだ?」
『確かプシュケは、「愛は信じること」と恋人達に囁くんだとか』
思わぬ答えに、煙草の煙を吸い込みそこねて咽る。目眩すらするような気がして軽く頭を振った。
「愛だの恋だの、玩具にしかしてない男だってのにひでぇ冗談だな」
あの声の主は騙されている。そう、結論付けて話を打ち切ることにした。
「ありがとな、セルティ。その、つまんねえこと聞いて悪かった」
携帯灰皿に煙草を捻じ込み、後ろ手を振りながらその場を去る。
臨也の、あのノミ蟲野郎の臭いが、先ほどから辺りの空気に入り混じっていると気付いた以上は、この胡乱な気分を晴らすのに、ぎっちり殺めに行こうじゃないか。

探していた姿はすぐに見つかった。
いつもの黒コート、こちらに背を向けしゃがみこんでいる。
目にしたとたんに血を沸き立たせる衝動を、声にして叩きつけた。
「いいぃざぁぁぁやああく〜んよぉぉ!!池袋にくるなっていってんだろうが!」
さっと立ったが早いか、すうっと臨也の右手が横に伸び上がり、振りぬかれた指先にはギラリと光を反射させる刃。
足先がステップし、くるりとこちらに向き直る。牽制のナイフを突きつける臨也の後ろ、
庇われている小さな人影があるのにその時、気づいた。
「ちょっと待った!シズちゃん。今は暴れないでほしいな、仕事なんだ。この子を送ったらすぐに遊んであげるからさ」
そうっと臨也のコートの裾を掴んでこちらを伺う子供が、ひくっと息をのむ。
「ああ、大丈夫。泣かない、泣かない」
停止した俺を見てとると、パチリと音を立てて刃が仕舞われた。ナイフをポケットに放りこむ。
ひょいと、子供の両脇に腕を差し入れ、目線が合うよう抱き、柔らかい笑みすらうかべて。
「もうすぐ。もうすぐお母さんが迎えに来る」
歌うように子供の意識をこちらから反らせる臨也の仕種に、ぎょっとする。
ぐずりかけていた子供が安心したようにその胸にしがみつき、臨也の白い手が小さな背をそっと撫で付けてあやす。
なんでこいつ、こんなに手馴れてやがる。嘘だろう?手前ぇのその眼差し。
初めて見る無垢な慈愛の表情に、驚きで怒りが打ちのめされた。

「折原さん、本当にありがとうございます」
子供を迎えに来た母親が、いくども頭を下げながら礼を述べている姿を少し離れた場所で見る。やがて母親に手を引かれ去っていく子供に、手を振った臨也がゆったりと振り向き、近づいてきた。
「すまなかったね。シズちゃん」
ぴたりと、寸前で立ち止まり小首をかしげると、ほの紅い瞳が不愉快げに細まり、間髪入れぬ挑発。
あの微笑を象っていた唇が紡ぐ。
「珍しいよね。いつもなら仕事だといっても、止まってくれやしないのにさ。子供がいるのに躊躇でもした?本当にお優しくなったことだ、まるで人間のようだね」
さきほどの和らいだ表情が嘘のように。にたりといやらしい笑いを貼り付けた、俺の知る、折原臨也、ノミ蟲の面。双手に音もなく現れていた、抜き身の殺意。真正面から斬りかかる宣誓。
「さあ、約束どおり始めようか。俺の大嫌いなシズちゃん」


夕と夜の境目、たそがれに蝶が舞う。
ああ、今だけは認めてやろう。ひらひらりと目の前にちらつく姿は蝶のようだ。
だからこそ、今度こそと、標本のようにあいつを磔にしてやらんと力任せに投げる標識を、舞うように避ける臨也が美しかった。
お前はいったい誰だ。蝶か、魂か、心か。俺には愛を否定するくせに。
俺だけには「嫌い」と告げるあいつを、あの時美しいと感じた、この心はなんなんだ。
作品名:メリュジーヌ・モチーフ 作家名:深那