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大人に近付きたいままの僕等

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「佐助」
「ん? 何、旦那。何か面白そうな本でもあった?」

 何もすることがない、暇だ、なんて言う彼に苦笑して、じゃーたまには読書でもしてみなよ、たまにはいいかもよ?と図書室へ連れてきてみた。
 図書室の戸をくぐると、まず貸出カウンターにいつもと同じ(俺がここを訪れた限りは、毎回同じ)眼鏡の女子生徒が座っていて、仕事だか読書だかよくわからないがとにかく本をめくっていた。その横を無言で通り抜ける。並べられた机と椅子には誰一人おらず、彼女が紙をめくる音だけがやけに響いていた。どうやらこの教室にいるのは3人だけらしい。
 俺もそんなに本を読む方じゃあないけれど、間違いなく旦那よりは本を読んでいる自信がある。たくさん並べられた本棚を、旦那は興味津々で一つ一つ覗いていった。

 それから数分経って、何か面白い本でも見つけたのか、急に俺を呼ぶ声。俺は手に取っていたぼろぼろの文庫本を棚に押し込み、声の方へと歩いた。旦那は一番奥にいた。そこは蛍光灯の明かりさえも背の高い棚に遮られてしまって薄暗く、掃除も行き届いていないのか埃っぽい。

「どしたの」
「……その、だな……セ、セ……」
「せ?」
「せ、……セックス、とは、気持ちいい、のだろうか?」
「……は? え、ちょっ何!」
「な、何度も言わせるな破廉恥な!」
「いやいやアンタが勝手に言ったんでしょ! な、何なの、いきなり」
 引き攣った笑顔の裏で、知らず高鳴る鼓動を何とか抑えながら聞き返した。目線は行き場を失い、あっちへこっちへと彷徨う。
「……ま、政宗殿に、今日、その……」
「え、ヤられたの!?」
「やっ……? やってない! こ、怖くなって、鳩尾を殴って逃げてきてしまった。それで、教室に戻って色々考えていたら、佐助が来て、一緒に帰ろうと……」
「……あー……可哀想」
 可哀想? 何が? と言われると困る。
 それは伊達にヤられそうになった旦那だったり、旦那の強烈なパンチをくらった伊達だったり、今そんな事実を打ち明けられた俺だったりもする。
 旦那が伊達と恋人同士なのは知っている。俺には伊達の何がいいのかなんて小指の甘皮ほども理解できないけれど、旦那があいつを好きだと言うんだからしょうがない。そして手の早い伊達にしては珍しく、付き合い始めて3ヶ月は経ったというのに未だにキスしかしていないというのを聞いて、少し諦めがついたのはちょうど1週間ほど前だ。本気で旦那を大事にしてくれて、旦那が幸せならいいか、なんて、ほんの少しだけ思ったんだ。

「ああもう、忘れろ! 忘れてくれ!」
 旦那はくしゃくしゃと髪を掻き回し、本棚の本を次々と出し入れし始めた。その行動はあまりに不自然だったけれど、俺の頭の中では先ほどの旦那の言葉ばかりが反芻していた。

『気持ちいい、のだろうか?』

(好きな人と繋がれるって、サイコウだよ、きっと)

 生憎俺は、好きな人と繋がれたことなんてないからホントのことはわからないけれど。

 やっと落ち着いたらしい旦那が、ハードカバーの小難しい本を棚に戻して顔を上げた瞬間、彼をその本棚に押し付けた。ガタン、と音がして、何冊か本がバサバサと床に落ちた。その中の一冊を踏みつけて、旦那との距離を詰める。

「さ、佐助……?」
「……俺と、試してみる?」
「…………」
 ふざけるな馬鹿者がー! って、殴られると思ってたのに、いつまで経っても拳は飛んでこない。それどころか、彼はどこか熱のこもった目で俺を見つめていた。

「……旦那、」
「佐助、……お、俺は」
 旦那は俺のシャツの裾をきゅっと握り、そのまま俯いた。ああ、もう、この人は。

「……旦那は、ずるいね」

 それでも甘い誘惑に溺れてしまう馬鹿な俺。
 やっぱり可哀想なのは、俺か? 口元に薄く笑みを浮かべた俺は答えなんて見つけられないまま、彼の柔らかい唇に噛み付いた。