OVER ZERO
画面といってもカメラであちらの様子をつないでいた小窓だ。それ以外、俺の周りではなにひとつ変らない。画面に表示させたワールドクロックも静止したままの状態で放っていたため、時間さえ止まったかのように錯覚したほどだ。
我に返ったのは、たっぷり三十秒は経ってからだろう。
「けっ、健二っ!」
インカムに向かって叫んでから、ブラックアウトしているあちらに繋がるわけがないとすぐに思い至って、役立たずのそれを毟り取るように放り出した。
次に掴んだのは携帯だ。履歴から、まずはもう何度となく健二と相談するためにかけた、陣内という家の番号を呼び出す。
ついさっきまでかけるたびほとんど毎回すぐに繋がっていた番号は、しかしいまはただ話中を告げる音を繰り返すだけだった。どんどん増していく焦燥感に煽られながら回線を切った俺は、今度は受信のほうの履歴を遡り、夏希先輩の携帯番号を見つけ出す。
不安と緊張で強張る指でボタンを押せば、その番号はすぐに呼び出しをはじめた。
心臓が、痛いくらいに脈打っていた。
何回コール音が鳴ったのか、数える余裕などあるわけもない。
『……佐久間くんっ』
繋がった!
あちら側に繋がった時には、一体自分が何にそうしたのかすらわからなかったが、心の底から全身全霊で感謝した。
「先輩! 無事だったんですか? 健二は!?」
急き込むように矢継ぎ早に並べ立てれば、時折ざっとノイズの混じるあまり良くない電波状況の中、先輩もまだ混乱した様子で切れ切れに声を返してくる。
『ええと、無事っていうか……温泉が、』
「は? 温泉? ……じゃなくて健二は」
『健二くん? 健二くんは、ええと……気絶しちゃってるみたいで』
「気絶?」
怪我でもしたのか。いやその前に一体あの『あらわし』はどこへ落ちて、あの異常なスペックのマシンを有した家はどうなったのか。
聞きたいことがありすぎて、質問は頭のなかで団子状態で押し合いへし合いしていた。
落ち着け。落ち着け、俺。
そう唱えても、なかなかひとつずつが言葉になっては出てこない。
俺は頭を整理するために、とにかく、と咽喉から上ずった声を押し出した。
「健二は大丈夫なんですか?」
『うん。えと……あ、ちょっと待ってね。おじさぁん!』
結局、一番最初に出てきたのは友人の安否を確認するものだ。夏希先輩はそれになにか答えてくれようとして、突然あちら側で大声をあげる。
『健二くん、ほんとに大丈夫なんだよね?』
『ああ、大丈夫、大丈夫。衝撃を受けた時に緊張の糸が切れたんだろう。そっと寝かしておけばそのうち目を覚ますよ』
『ここは砂だらけだな。奥の無事そうなところに連れていくか』
『おい、誰か布団──』
『それはいいけど、これどうすんの?』
耳を澄ましていると、花札の対戦中に聞いた声がざわざわと話し合っているらしい様子が耳に届いた。とくに緊迫した様子でないことに、俺はあらためてほっと胸を撫で下ろす。どうやら健二を含め、あの家の住人も無事だったようだ。
『佐久間くん?』
「あ、はい」
安堵のあまり深々と息をついていると、ふたたび夏希先輩の高くはないが朗らかな声が耳を擽った。
『ほんとに健二くんは大丈夫だから。起きたら連絡するように伝えておくね? 佐久間くんがすっごく心配してたって言っとくよ』
「すっごく、は余計ですけど、お願いします」
たぶん親切で言ってくれているんだろうけれど。
俺はきちんと断りをいれて、ひとまず話を切り上げることにした。今すぐでなくても、あとでちゃんと話が出来るならそれでいい。無事がわかればただそれだけで。
「じゃあ失礼します」
『あっ、佐久間くん!』
通話を切ろうとしたその瞬間、先輩の声が耳──というより胸のど真ん中に飛び込んできた。
『えっと、ありがとね。一緒に頑張ってくれて』
「……それは、俺より健二に言ってやって下さいよ」
夏希先輩の言葉に、全身が心臓になったみたいにばくばくいいだした。今更、本当に終わったんだと実感させられて。
俺はあわててじゃあ、といって電話を切る。そして、うっかり眼鏡の下で滲みそうになっていたものを、左の手首でぐいとこすり取る。
「くっそ」
ほっとして泣くなんて絶対柄じゃないし、健二がぶっ倒れてたって、俺にはまだやることがあった。協力してくれた知り合いに礼を言ったり、バイトの上司に言い訳したり、まだまだ気を抜く暇なんてないくらい忙しいんだからな。
「……健二のやつ、帰ってきたら一発殴る」
俺は悪態をついて思い切り鼻をすすり、気合いを入れなおしてパソコンの画面を睨みつける。
だから早く隣に帰って来いなんて、絶対に言ってやらないんだ。