孤独の隙間
日頃 踏み慣れたコンクリートは違う感触に、臨也は不快感を露わにするが、特に言葉を発することなく、ただジッと耐えた。
静雄は彼よりも前を歩いているため、表情は窺えない。が、静雄もまた、無言だった。
波の音と湿気た潮風が項を擽る。暑い盛りも過ぎ、遊泳禁止のそこは、そもそも人影がない。無骨な巌の間を歩き慣れない二つの影が、ひょこりひょこりとぎこちなく揺れるだけだ。
一体、何をしているのだろう――そう思うと同時に、臨也は小さくくしゃみをした。海の冷えたべたつく凪に、思わず体が震えた。
空いている指で鼻先を擦ると、埋まっている指先の温もりに力が込められた。伏せていた目線を上げると、真っ青な薄いガラスの奥がこちらを見つめていることに気づく。「寒いのか?」と問いかけているようだった。
「寒くないよ」
唇に笑みを湛え、臨也はそっと囁いた。首筋を擽るファーを手前に掻き合わせると、自分より少し太い眉根が寄せられた。
臨也の指先は、静雄の体温を吸っているはずなのに、じくじくと冷えていく。しかし、静雄のそれは、吸われているのに決して冷えない。
立ち止まり、動かない静雄を余所に、臨也は鈴に似た笑い声を上げた。彼の癪に障るだろうそれに、珍しく怒声も暴力も訪れない。
二人きりでいると、度々こういうことがあった。どちらも満足に口を利かず、怒らず、嫌悪を潜め……凪だけが二人の間を揺蕩う。それが心地悪いとは思わないが、気味は悪かった。まるで、不吉の前触れのような感触がする。
だが、それが永遠ではないことをどちらも知っている。もう少しすれば、また嫌い合い、互いの死を願うだろうと、口にせず思う。
波は静かに行き交い、人の気配はやはりないままで、互いの孤独を指先だけが繋いでいる。
その孤独の隙間を埋めてみようかと、臨也は気紛れに静雄に近づいた。近づくためにほどいた指は、腕となり彼を包む。悪戯に頬を寄せ、寄り添ってみると、静雄の掌が臨也の髪の毛をやおらに掬って遊び出す。
ただ、それだけの行為にすら、靴底には砂が入り込み、二人の足の裏をざらりと擦る。
頬を寄せても臨也の体温は上がらないままで、漆黒の髪を指先に纏う静雄の体温もまた、下がらないままだった。