ゆびさき
「ねえ」
唐突な声に平静を装った。女は切っ先に対峙しつつ俺を見ていた。
「飲まない?」
掲げられたのは酒瓶。おれは返答せず、動かない。
「なによ、そんな睨まなくたっていいじゃない」
少しでも動いたら斬ってしまいそうだと思った。それなのに女はふらりと動いた。
「つまんない男ねぇ」
くるりと回転。さらりと流れるのは橙。動揺するのは何故だろう。呼吸を押し殺す。構えた刀を下ろした。
船が波に揺れる。足の裏へ伝う日常的な振動。女の視線は宙へ。天候を読む表情。
酔ってんのか? と尋ねた。愚問ね、と笑われた。確かに。
踊るような足取りで女はおれの身体に触れそうな位置にまで接近してきた。
「ねえ」
ゆびさき、が触れた。
「そんなに強くなってどーすんの?」
刀を振るいそうになってそんな自分に驚いて距離を取ることも言葉を返すこともできずおれはただ立ち尽くした。女の指は素肌に、胸に、むき出しの傷跡に触れていた。
理解できない。
そんなこと言ったらこの船にいる誰のことだって理解できた試しはないのだが、それでも、目の前のこの女のことが自分には理解できないと思った。
弱く在るのは恐い?
ゆびさきが傷痕をなぞっていく。暗闇の中にその感触だけがリアルで、問いかけは遠く霞んでゆきそうな気がした。
それならば、と、おれは問い返した。てめーはどうなんだ、と。
「私は」
至近距離でナミは笑った。
「弱くても、こわくないわ」
ゆびさきが離れた。
「あんたたちがそう簡単には私を死なせないからね」
離れた距離に肩の力を抜いて、おれは刀を鞘へ収める。
あの女は魔女だ。