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5cm

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 ちょっとだけ嫌味も言ってみた。マルスもそれにはひどいなと笑いながら返してくれた。どうやら、起きる直前にロイがしていたことには気付いていないようで、心の中で安堵のため息を吐いた。
 遠くから雷鳴の音が響いた。空を見ると、さっきよりも雲の色が濃くなっている。どうやら本格的に雨が降りそうだ。
「夕立が来そうです。部屋に戻りましょう」
 そう言って二人とも立ち上がり、マルスが持とうとしていた椅子を、僕が持ちますと言ってロイが部屋の中に運ぶ。マルスは少しだけ不服そうな顔をしていたが、部屋に入ってすぐに、何かに気付いたのか、
「ああ。ロイ、それと……」
 もしかしたら、マルスは「あれ」に気付いていたのかもしれないと、心臓が跳ね上がった。マルスはそんなロイの動揺には気付かないで、
「起こしてくれてありがとう。一緒に紅茶でも飲もうか」
 自分が恐れていた言葉ではなく、ただただありふれた感謝の言葉を口にした。やっぱり深く眠りについていただけあって、ロイがマルスにしたあのことは知らないのだろう。
 ただ、それに対してもう一度心の中で安堵のため息を吐く一方で、どこかがっかりした気分の自分が居る。もしもあの時起きていたのなら、覚えていたのなら、それはすなわち自分が隠し続けている想いにマルスが気付くチャンスでもあるということで。
「(何を考えているんだ、僕は)」
 この想いについてはずっと隠し続けていくと決めたはずなのに。自分たちは男で、やがて二度と会えなくなる日が来るのだ。そうでなくても自分たちは立場上血を絶やさない為に、いつかは必ず妻を娶って子を作らなければならない。始まる前から実らないことが決まっている想い。この想いは、伝えないことが正しい選択なのだ。彼のためにも、そして自分のためにも。
 だが、もしも気付いていてくれたのならどうなっていただろう。気持ち悪がられていただろうか。嫌われていただろうか。……あるいは。
「ロイ、どうかした?」
「あ。いえ、なんでもありません」
 既にマルスは紅茶を入れるために薬缶に水を入れ火にかけて、お茶菓子が残っていないか棚を漁っていた。ずっと椅子を持ったまま窓の近くに立ち尽くしていたロイを不思議に思って声をかけたのだろう。あわてて椅子をいったん置き、窓を閉めて、椅子を戻しに行く。
「(やめよう。そんなことはありえないんだ)」
 椅子に座って、マルスがテーブルの上に置いてくれたココアクッキーをひとつつまんで、かじった。クッキーはほんのり甘いがぱさぱさしていて、すぐに飲み物が欲しくなる。

 遠くからまた、雷鳴が響く。
 ロイはキッチンに立つマルスの後姿を眺めながら、それを聞いた。
作品名:5cm 作家名:高条時雨