現実
右手にグラスを傾け、左手で本のページをめくっている。
ブラウン管には今日一日の出来事を淡々と述べるキャスター。
そんな光景は同じビデオを見るように毎日繰り返されて、永久に続くような錯覚を覚える。
目の前にながれる同じ映像は、現実感を薄れさせ、まるで夢の世界のよう。
夢から醒める時がくるとするなら。
それはきっと前触れもなく襲い来るだろう。
とてつもない恐怖を伴って。
俺は足早にセフィロスの隣に近づいて、ソファーに座った。
セフィロスは俺の方を見ることもなく、本に視線を落としたままだ。
それはいつものこと。
俺の気配に気づいてはいるが、あえて俺に話かけてくることはない。
俺は別にそのことに不満があるわけではない。
仮にここで俺が話しかけたりすれば、セフィロスはきちんと答えてくれる。
答えが返ってこない日が来るのが怖いのだ。
俺はセフィロスの横顔を見つめた。
どんな表情も記憶にとどめておくために。
カタン。
セフィロスの右手はグラスをテーブルの上に解放した。
「クラウド」
セフィロスは空いた右手で俺の肩を抱き寄せた。
すぐに左手も背中に回されて、俺はセフィロスの腕の中にすっぽり収まる。
「どうかしたのか? 不安そうだな」
セフィロスは俺の思いを簡単に見透かしてしまう。
だから……。
『大丈夫だよ』
こんな台詞は通用しない。
俺には素直に吐き出す術しか残されていない。
「セフィロスは俺の側にいてくれるだろ?」
「わかりきったことを。俺がお前を置いて消えるわけがない」
俺はセフィロスにぎゅっと抱きついた。
セフィロスに触れている感覚で、ここが『現実だ』と認識したかったからだ。
「他に言いたいことは?」
「俺は今、ちゃんと現実にいるんだよな?」
「…現実…?」
「そう…。夢じゃなくて、現実。こうやってセフィロスに触れている感触は嘘じゃなし、夢じゃないんだよな?」
「なんなら、試してみるか?」
そう言うなり、セフィロスは俺をソファーに沈めた。
深い口付けも。
俺の身体をなぞるセフィロスの指先も。
首筋に這わされる舌先も。
何もかも、俺を激しく感じさせて、現実であることを知らしめようとしているのに。
俺にはそれさえもが、夢のようで。
セフィロス自身が俺の身体の奥に打ち込まれても。
脳に突き抜けるような鋭い感覚でさえ…。
「クラウド」
セフィロスの声にうっすらと目をあける。
「これでも夢だと?」
俺は何も答えなかった。
夢と現実の境界さえも曖昧になっていた。
「何も考えることはない。クラウドの現実はこの俺が存在している世界だ。クラウドの側に俺がいないような世界は現実ではない。むしろ、そちらが夢なのだと」
ああ、そうだったのか。
どうして、そのことに俺は気づいていなかったのだろう。
セフィロスがいる世界こそが、俺にとってのたった一つの世界。
『現実である』っていうことに。