指輪
右手の人差し指と中指に、大きさの違うシルバーの輪。
トムがそれを外すとき、静雄は少し緊張する。
指輪
ベッド横、枕に近いところに、低いサイドボードがあって、てっぺんには水の入ったグラスが二つ。
その下の引出の中に、外した指輪をころんと入れて、おいで、と低い声でトムが言う。
トムの部屋の、寝室で聞く「おいで」は、やらしいと静雄は思う。
ふつう、先輩が後輩を呼びつける時、おいで、なんて言わないと思う。
来い、とか。名前読んで、指でくいっと合図するとか。
…それはそれで何か、やらしいかもしれない。
ていうかもうトムさんがやらしい。
「静雄?」
戸口に突っ立ったままの静雄に、トムがやさしく呼びかける。
静雄は消え入りそうな声で、はい、と返事する。
「声ちっさ!」
トムが笑う。
声といっしょに体も縮めてしまいたい、と静雄は思う。
普段トムは、寝る時も指輪を外したりしない。
静雄とこうするときだけ、外す。
引っ掛けて、傷でもつけたら大変だから、とトムが言った。
指輪に、ではない。
静雄の体に、だ。
指輪のないトムの手が、静雄の首の後ろに回る。
「傷なんて、残らないのに」
むしろ、残してほしいくらいだ。
こうして気遣われるたび、静雄は居た堪れないような、もどかしいような気持ちになる。
「お前は、傷つきやすいよ。知らなかったかもしれないけど」
トムのいうことは、静雄に時々理解できない。
難しいことを言われているわけではないのに、眉をひそめてしまう。
お前は弱いんだよ、と。
今まで誰にも言われなかったことを、言われた気がして。
「トムさんは、強いですね」
首の後ろ、手のひらの温度。
暖かさが伝わって、じんじんとする。
顔が近い。
「ふつうだろ」
「いえ。特別です」
唇が触れ合う。
とくべつ?とトムのささやきが、振動で伝わる。
悪戯を含んだ甘い響きに、意味が深くなって、静雄は一瞬うろたえる。
けれど、深い意味でもたしかにその通りなのだ、と開き直る。
そう、とくべつ。
唇の形だけでそう返すと、触れ合ったまま、トムがにぃ、と笑うのがわかった。
口づけも深くなって、互いの口の中を舌が行きかう。
互いの服を脱がせあって(静雄はもたついて、トムはてきぱきと脱がせにかかる)、ベッドにもつれ込む。
エアコンの効いている部屋だけど、グラスは水滴をつけていて、きっと飲むころにはぬるくなっている。
静雄はぼうっとした頭のどこかで、ぬるい水のことを思う。
それから、その下にしまわれた、二つの指輪のことを。
とても大事にされている、自分の幸福をかみしめる。