彼の話
色が薄い、まるで母親の腹の中に自分という色をすべて忘れてきてしまっているみたいだ。だのになぜか彼の空気ばかりは強く、重たい。
色を忘れたてきたような薄い肌と、光を受けるとぎらりと光るさびてから溶かされた鉄みたいな目の色はどこまでも低温だった。
普通の人間なら暖かみを感じさせるはずのひとみの光までもが重く、温度が低い。瞬きの少ない目が更にそれを演出するのか。
うすいが決して華奢ではない手のひらの先にある固そうな指先と短く切った爪の中程までが黄ばんでいるのは、彼がたばこを吸うからだった。しかし、歯の色は白い。そういう矛盾はどこから来るのだろうと思う。
まるで紙みたいですね。 紙? 和紙みたいな。薄くすいてあるところと、厚いところがあって。
水みたいに吸い込まれてしまいそうだ。
ちょっとひからびたみたいに見えて、なんかそういうんじゃない気がする。 どういう意味だと問うた。解りませんと彼は笑い、うつむいてもう一度言った。解りません。
触ったらそのはしからやぶけてしまいそうなのに、どこまでも固い。この世の何よりも固そうなのに、熟したトマトのようにやわで、そして切ない。
彼はきっとそんな人だった。誰かや何かに似ているところなんてかけらもなく、そして誰もが持っているものを、自然に持っている人であったのだ。