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歓喜の歌を奏でよう

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もしも俺が女だったら、ドタチンは俺を好きになってくれたかい。キスして抱きしめてセックスしてくれたのかな。もしそうだったら、俺は初めて『俺』に生まれたことを後悔する。

放課後、西陽の入る教室で、そう言った臨也の顔はあまりにも酷かった。静雄に殴られでもしたのか、赤く腫れた頬と切れたくちびるの端が痛々しい。そしてなにより、その目。今にも泣き出しそうなその赤い目が、俺を捕えて離してくれない。
「ドタチン、好き。好き、好き好き。ドタチンが誰かに笑いかけるだけで、死にたくなるくらいにドタチンが好きなんだ」
禍々しささえ感じるほどに赤い夕陽を横顔に受けながら、臨也は涙の代わりに言葉を零した。いつもの小憎たらしい臨也は一体どこへ行ったのだろう。そういえば華奢な部類に入るのだった、とどうでもいいことをぼんやりと思った。
なにも言わない俺になにを思ったのだろう。臨也が、形のいいくちびるをぎゅっと噛み締めた。切れているのに無茶をする。止めようと伸ばした手は、拒まれることなく臨也の頬に収まった。
「好きだよ。好きなんだ。どうしたらいい?なあ、俺はどうしたらいい?ドタチンは優しいね。この手を拒まない俺が卑怯なんだ。ドタチンのそういうところが大好きで、大嫌い」
言いきる前に掴まれた胸倉。そのまま強引に引き寄せられて、臨也の整った顔が近くなった。その細腕のどこにこんな力があるのか。さすがに静雄と毎日毎日、まったくもってくだらない命がけのゲームをしているだけのことはある。
息がかかりそうなくらいに近く、近く、臨也が俺を見ている。見つめている。悲しみと情熱と純情を含んだその視線は、今にも焦がされてしまいそうだった。
「なにか言えよ。言って、よ。気持ち悪いでも嫌いでもなんでもいい。なにか言ってくれ。俺を無視するなよ。俺を、その辺のやつらと同じに扱うなよ!」
ぼやけた臨也の顔と、くちびるに触れたあたたかくてやわらかな感触で、キスをされたことを知った。臨也にしてあまりにも性急で、色気も余裕もないキス。俺は臨也のキスシーンなんざ見たことはないが、なんとなく臨也らしくないなと思った。
舌が入ってくることも、角度が変わることもない、ただただくちびるを押しつけるだけのキスは、ひどくむず痒い。相手が臨也ならなおさらだ。引き剥がしたくないこともないが、僅かに震えている肩にはとっくの昔に気づいていたからそれはできなかった。そう言ったら、お前はさっきみたいにまた怒るのだろうか。

どれくらいそうしていたのだろう。日は傾く一方で、臨也の震えもひどくなる一方だった。くちびるを離したのは臨也の方からだった。掴んでいた俺の制服から手を離し、俯いたまま数歩下がって溜め息をひとつ。目に見えて震えだした肩に、とうとう泣かせたかと思ったが、そうではなかったらしい。
「ふ、は、ははっ。あはははは!あはははははははははははは!」
臨也は、突然腹を抱えて笑いだした。その表情は、ほんの少しも楽しそうではなかった。どこからどう見ても傷ついていたし、実際傷ついているのだろう。またしても伸ばしてしまった手を、今度は振り払われた。闇を思わせる漆黒の髪を片手で乱暴にかきあげて、臨也が笑う。静かに笑う。
「俺には、なにも言ってくれないんだね」
吐き出された声はあまりに弱々しくて、臨也をいっそう儚く見せた。臨也の言葉の意味が、俺にはわからない。後半はわかる。前半は、どういう意味だ。俺には、ってどういうことなんだ。
「ドタチンがモテるの、俺知ってるよ。一年のときからずーっとドタチンのことばっか見てたから。シズちゃんとは違う意味でさ。だから昨日もね、見てたんだ。知ってるよ。キスされただろ、隣のクラスの子に」
「・・・なに、言って」
「あは。やっと喋ってくれたね。ムカつくなあ、ムカつくよ。こんな話題出さなきゃ、俺には声もかけたくないんだ」
臨也の目が、ギラリと剣呑な光を孕む。臨也と知り合って一年と数ヶ月になるが、臨也が俺にこんな目を向けるのは初めてのことだった。
「あの女には随分と優しくしてたのに。優しく慰めてたね、勝手にキスされたってのにさ。シズちゃん以外の人間に本気の殺意を覚えたのは、初めてだよ俺」
「臨也、俺のせいか?俺がそこまでお前を追い詰めたのか?」
「そうだよ、ドタチンのせいだ。俺がこんなに苦しくて胸が痛くて息もできないのは、ドタチンのせい」
そう言ったあとで、すぐに臨也は首をぶんぶんと横に振った。違う、そうじゃない、そうじゃないんだ、と呻くように呟いてまた肩を震わせる。それを止めようとしたのかはわからないが、臨也は右手で自分の左腕をぎゅっと掴んだ。短ランの袖に走る深い皺と細い指がひどくアンバランスで、頼りない。
「ドタチンは、なにも悪くない。俺が悪い。俺が勝手に好きになって、勝手に嫉妬して、勝手に暴走してる。ドタチンはなにも変わってない。だから、悪いのは俺」
赤い日差しが、臨也の頬を照らし続けている。そこに光る水滴は、俺の見間違いではないはずだ。
臨也の泣き顔を拝む日がくるとは思わなかった。よしんば見れたとしても、泣かせられるのはきっと静雄だけなのだと思っていた。今、臨也が泣いているのは俺のせいだ。俺が、臨也を泣かせてる。
「ドタチン、ごめん。好きになってごめん。でも、どうしようもないんだ。俺、好きなんだ。好きなんだよ。どうしようもないんだよ」
腕から離した手で顔を覆って、臨也は耐えきれないといいたげに泣きだした。聞こえるのは、堪えきれなかったらしい嗚咽と、謝罪だけ。ごめんと繰り返し繰り返し呟く臨也の細い体を、俺は黙って引き寄せた。
「・・・泣くな。お前に泣かれると、どうしたらいいかわからない」
「ドタ、チン?」
大きく見開かれた臨也の目は、涙でいっぱいになっていた。こんなときにこう思うのもなんだが、綺麗だった。俺が今まで見てきたもののなかで、一番綺麗だと思う。
「謝らなくていい。臨也、好きだ。俺も、お前が好きだよ」
臨也は、声にならない声で、うそだ、と呟いた。黙って首を横に振ってそれを否定すると、混乱したようにまばたきを繰り返す。そのたびに次から次へと頬に滑り落ちる水滴を指で拭うと、臨也の涙ははますますひどくなった。
お前が泣く必要はどこにもないけど、お前の泣き顔が見られたのは少しうれしい。お前の感情を引っかきまわすのは、いつも静雄だけだったから。そう言ったら、臨也はどう思うだろう。俺だってずっと嫉妬してた。臨也と静雄の、奇妙で特別な関係に。
「臨也、好きだ」
「おれ、おれも、すき。ドタチンが好き。もう他のやつに触らせないで」
「ああ」
臨也の言うことならなんでも聞いてやると俺は決めている。むしろもっと甘やかそう。もう泣かせないために。これからは臨也のそういう意味での特別は俺になるわけだし、俺の嫉妬も少しは解消されるだろうから。そう思いながら重ねたくちびるは、涙の味がした。
作品名:歓喜の歌を奏でよう 作家名:いちか