8mm
幽が実家の押し入れから探し出してきたのは、一箱分のビデオテープとアルバムだった。
彼らの子供時代は、紙写真と8ミリビデオで録画されていた。その量は、多くもなく少なくもなく。彼らが子供時代を懐かしむには十分な量だった。とつぜん、幽が思い出を掘り出してきたにもそれなりに理由があった。
「回想シーンの中で、おれの小さい頃の映像を使いたいんだって」
「へえ」
「こういうの、子役を使うこともあるんだけど、監督がどうしてもって」
幽は、両親と兄にそう説明した。
その新作ドラマについて語る幽がいつもより少しだけ饒舌で、うれしそうな顔をしているので、なんだか、次のドラマが結構気に入っているんだな、と静雄は思った。
幽はどこからか機器を調達してきて、マンションの最新の大きな薄型テレビに繋いだ。静雄は、じいっと幽の手元を眺めていた。静雄は、機械の配線は苦手だった。
作業をはじめて三十分で、ようやく映像を映すことができた。今の技術と比べれば、随分荒い映像が映った途端、静雄はおもわず拍手をした。部屋をカーテンでしめきると、かんたんなホームシアターになる。
最初に再生したテープはどうやら試し撮りをしたものようで、懐かしいような自宅の様子がうつされていた。「撮れてるの?」「たぶん」というのんきな両親の会話が聞こえてきて、静雄と幽は顔を見合わせて吹き出した。
実のところ、両親が撮りためていた思い出のビデオテープを兄弟が見るのは、はじめてだった。
ふるびたラベルに書かれているのはどれも両親の文字で、そのほとんどに静雄か幽、あるいは両方の名前があった。子供の頃、カメラを向けられるのは恥ずかしかった気もするのだが、今では静雄も幽も無闇に反抗するような歳でもなく、親の愛情をくすぐったく感じつつも素直に感謝することもできる。彼らは、普通の両親に、ごく普通の愛情をもって育てられた。
何本目かのテープの映像がはじまった時、「あ」と幽が小さく声をあげた。
まだ赤ん坊らしき幽が、畳の部屋で眠っている。日当たりの良い一階の部屋で、小学生の頃までふたりはよく昼寝をしていた。これはそれよりも随分前で、静雄の記憶もおぼろげだ。ただ、写真では見たことがあるような気がする。
小さなふとんに寝かされた幽の、すぐ横には、まだ小さな静雄がぺたりと座っている。目を閉じて眠る赤ん坊の顔を真剣に見つめていたかと思うと、ふと、振り向いて「起きた」と小さな声でささやいた。幽は泣くでもなく、ぱちぱちとまばたきをして、のぞきこんだ静雄を見上げている。
「かしゅかー」
舌っ足らずの静雄が呼び掛けると、幽は「あー」と小さなふくふくした手を伸ばす。「かすか、よ」という母親の笑い声が聞こえた。
「かしゅかっ」
「うー」
「かしゅかぁ」
「むー」
そんな兄弟のやりとりの映像が延々と続いて、映像は終わった。暗い闇の中で、ふたりはよりかかりあって、しばらくじっと動かずにいた。やがて、静雄がぼそっと、弟の名前をささやく。
「幽」
呼ばれた幽は兄の前に手を伸ばす。
「きっと、このときのおれって、お兄ちゃんって、呼びたかったと思うよ」
幽がささやくと、静雄は少しだけ間を置いて「おう」と応えて、幽の手をぎゅうっと握る。あのやわらかい感触が一瞬だけよみがえって、静雄のくちもとを綻ばせた。