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ゲームオーバー




喧嘩人形が俺の家で暴れない条件はそんなに多くない。
取引先から謝礼のつもりで上等な酒類を渡された時には口に合うように俺が料理を出し、素っ気無い文面で呼べば普段のサングラスにバーテン服なんて知る人が見ればすぐに喧嘩人形と判るそれではなく意図しているのかしていないのか、地味な服装で夜に紛れて訪れる。
風呂上りだったのかワックスが解けて襟足まで降りた髪、出る時に申し訳程度で撫で付けたのかサイドへ散らしているのはやや新鮮な気分がした。

「ねえ、まだ?」

戯れのひとつとして、数ヶ月前に酒の中に非合法の薬を混ぜて出した所為で、人形は必要以上に俺の料理に手を出していなかった。とは言っても月末は金欠に悩むような生活を営んでいる人形は「材料を作った人間に悪い」と言って滅多に口に出来ない食材を租借する。ちらちらと視線が絡むのは疑っているからであろう。それでも手を付けるのを見ると、今月は本当に苦しかったらしい。
しかし食事の途中で俺が出した遊びに、人形が容易く引っかかったのは予想外だった。「これも貰ったんだけど」と差し出したそれ。すると食事もそこそこに、人形は顎を動かすのをやめ代わりに手を動かしている。先ほどから俺が何度呼びかけても反応せず目線すら上げない。曰く、「上げたら死ぬだろ」だそうで。

「一台しか無いんだからそろそろ俺にも貸してよ」
「うっせえ話しかけんな。今忙しい」

食事中は割りと饒舌だったというのに、今は完全に視線を下げ、絶え間なく指先を遊ばせていた。
机を挟んで座す俺は全く持って面白くない。目の前の人が食べているものを急に食べたくなるような我侭な欲求に近い。画面が俺に見えない以上、人形が何処まで進んでいるのか皆目検討がつかない。だがかれこれ15分程度も熱中している事から、意外だがそちらの才能があったらしい。

「シズちゃんの家はテレビゲームとかはあんまり買わない方針だって聞いたのに」
「誰からだ」
「ん? 幽君」

てっきり応えないと思って投げた言葉だったのに、人形はほんの少しだけ眉を上げて短く質問してきた。正直意外だったので、回りくどい事など一切せずに正直に言う。
瞬間、その眉が一気に釣り上がった。それでも視線を上げない辺り余程気に入ったのだろう。

「なんで幽とお前が喋る機会がある」
「仕事の内容が手広いからね。ぐーぜん、彼の事務所の人間に用があってさあ。偶々会ったからシズちゃんの幼少期の話を、色々と」
「ちっ」

短く舌打ちした彼の顔色が変わる。慌てたように肩の力を込めた動作が、何処か嫌がる彼を無理矢理押し倒してキスした時に見せる姿に似ていて唇が曲がる。
そんな風に俺が考えているとも知らず、暫く手の中の画面を見つめていた人形が歯軋りする。顔を上げて睨み付けられる辺り、どうも死んだらしい。ぴょろりーん、となんとも場違いなメロディに一瞬だけ人形が話すタイミングを逃したのが滑稽だった。

「あ、くそ。言わんこっちゃねえ」
「死んじゃった? 粘ったねえ、レベルどのくらいまで行った?」
「覚えてねえ。多分、……15、は越えたと思う」
「初心者の癖によくもまあ……」

それよりも、負けた悔しさでゲーム機が破壊されると思っていた俺はそちらの方に驚いている。手の中で亀裂すら入っていない最新型のテトリスは新品の光沢を保ったままだ。
ゲームは決して理不尽じゃない。感情が篭っていないし何処までも無機質だ。だから人形の怒りはそれに向かなかったのだろうか。代わりに眉間の皺が増えている辺り、敗北感は重々感じているようだ。

「ポタージュ、冷めちゃってるよ」

スプーンを振って指摘すると、人形は死んだ余韻で余り機嫌が良くないらしいが、食事を中断してのめり込んでいた自分を理解したらしく、大人しくゲーム機を机の上に置いた。普段の粗暴な言動とは裏腹に、割と品の良い家庭で育った影響か、人形は食事に無作法な事はしない。ゆえに自分の行為を恥じ入っているのかもしれないが、顔には出していない。忌々しげにスプーンを手に取る辺り、理不尽が俺を襲うに違いない。

「難しく言わなくてもスープで良いだろ」
「ポタージュってのは濁っているって意味だよ。コーンポタージュって底が見えないでしょ? 反対に澄んでいるって意味のスープは、コンソメ」

話題を振ったのは向こうなのに、興味が無いのかふうんとすら言わない。だがとても素直に視線をスープに落とし、当たり前だと思っていた事を俺に気づかれないように確認しているのを見て笑いがこみ上げて来る。怪物と嘲弄される人形だが本質は涙が出るほどに生々しい人間だ。清廉潔白とまでは行かないが、荒ぶっていないのも深く知らなければ理解しえぬ事。く、と喉の奥で声を漏らし、フォークを銜えながら見慣れない料理に加工された食材を幼い物珍しい眼で眺める人形に詰め寄った。

「こっちが食べたくなっちゃった」

その言葉が下卑た思想を孕んでいると理解した人形は一気に切れ長の瞳に嫌悪感を抱く。白磁に指を這わせ、食事の影響で上がった体温と微量の汗を鼻腔に取り込む。青い視界の防御壁が無い人形は苛立ちをストレートに俺にぶつけてくる。

「俺はまだ食い終わってねえ」
「スープなんかと比べ物にならないよ?」

言いながら呼吸を奪うように皮膚をなぞり、薄い唇を合わせる。唾液を塗りこむように舌を擦り付ければ諦めたのか歯を開く。色んな味が混ざり合って味覚を刺激し気持ち悪い。生温かい吐息に頬は引き攣り、代わりに下肢の熱が大きく脈打つ。

「はっ……底が見えないくらい濁りきってる奴が」
「そんな俺にぐちゃぐちゃにされるんだからシズちゃんも似たようなもんだよ」

誘いに乗った人形の痛んだ髪に指を埋める。試しに唇の端を少し噛み千切り、滲んだ紅色に赤を這わす……可笑しなことにこんな人形でも、血液はすんなりと喉を通り苦味を残さない。嗚呼、俺に犯されてなお、まっさらでさらさらなんだ。憎らしいったらありゃしない!




06その口閉じろ
   (中身くらいは愛せるようにさ)

―――――――――――――――――――――ゲームオーバー



 
作品名:二頁 作家名:青永秋