「 拝啓 」 (1)
拝啓 大好きな帝人君
君は今日も元気にしてるかな
元気に、生きていてくれるかな
もうすぐ夏も終わりのはずなのに、酷い暑さが続いていた
この季節はコンクリートの上を歩くのも億劫だ
幸い大学は九月いっぱいない
そこは大学生の特権だよな、と考えながら、僕はスーパーのビニール袋を下げながら新宿の街を歩いていた
何故新宿の街を歩いているかって言うと、新宿にある臨也さんの事務所兼自宅に向かうからで
何故そこに向かうかって言うと、僕もそこに一緒に住んでいるからで
何故住んでいるかって言うと、僕たちは一応恋人同士であるからだ
(…なんか、改めて考えると恥ずかしいかも)
顔が軽く熱くなった心地がするが、この際それは無視だ
でも早く部屋に行きたくて、足早に街中を抜けた
***
『はい、帝人君これ』
さり気なく何気なく渡された、プラスチック製のカード
それは何度か見ているものと同じように思えた
まじまじとそれを見つめる僕に、臨也さんはただ笑顔
『あの、これ…』
『この部屋の合鍵、好きなときに来ていいからね』
『…え、?』
何時も通りの綺麗な笑顔で、僕の手にそれを乗せるとそのまま僕を抱きしめる
『い、いい臨也さんっ!』
『なに驚いているのさ、初めてじゃないのにさ』
『そうです、けど……あの、なんでまた鍵を…?』
『んー…そうだなぁ、』
家に帰ったときに、好きな子に「おかえり」って言ってほしいから、かな
そう言って、臨也さんは小さな子供みたいな笑顔で笑っていた
***
(…さらっと、あんなこと言うんだもんな)
出会ってから三年ぐらい経つけど、やっぱりあの人には敵わないと思う
行動とか、言葉とか、所々で年齢差を感じてしまう
僕も大学生になったとはいえ、あの人とは七年の差があって、それはどうやっても埋めることは出来なくて
悔しいけど、それはしょうがなくて
そんなことを臨也さんに言った時、臨也さんは嬉しいような困ったような顔で、
『俺は、帝人君より年上でよかったって思ってるけどな』と笑ったのを覚えている
僕は不満だったけど、臨也さんがそう言うならそれでいいかも、なんて思ったりもして
本当に馬鹿みたいに惚れているな、なんて、他人事みたいに思った
カードキーでオートロックを解除して、ガラスの扉を通り抜ける
マンションの住人に会う度に変に思われてないかドキドキしてしまうから、いつもなるべく早く部屋に向かってしまう
だって、たかが大学生がこんな高級マンションに来るなんて、おかしいに決まっているじゃないか
目的の場所について、とりあえず深呼吸
少し乱れた呼吸を整えて、漸く黒く重いドアを開けて玄関に足を踏み入れる
「…ただいま、です」
誰もいないと分かっていても、挨拶してしまうのは最早癖だ
そのまま足を進めれば、無駄に広すぎる部屋がそこにはある
静かな部屋に、ビニール袋の鳴らす音が大きく聞こえた
「…ただいま、臨也さん」
ここにはいない部屋の主に向かって呟く
返事がないことに寂しいとは思うけれど、しょうがない
だってあの人は今、海外にいるのだから
作品名:「 拝啓 」 (1) 作家名:朱紅(氷刹)