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夢見の唄01

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(あ、雨降りそう)

昇降口から足を踏み出して校門をくぐってたったの五歩で気付く。見上げた空は遠くが黒い雲に覆われていて、雨脚がもうじきやってくるかもしれないと僕はため息をついた。降水確率四十パーセント、微妙すぎるその数値を楽観視して今朝は出てきたため傘はお留守番中だ。

「降ったらどうしよ……」

まだ学校を出たばかりだから降ってきたとしても引き返せる。でもわざわざ雨宿りのために学校まで戻るのは面倒だし、だったら濡れても走って帰る方を僕は選ぶ。
と、そんな決意を固めている矢先に雨脚は唐突にやってきた。ぽつ、と頬に水滴が降ってきて、その後ぽたぽたぽたっ、ぼたぼたぼたっ、と小粒から大粒に一瞬にして変貌した雨が襲いかかってくる。街はあっという間に雨に包まれた。

(うわ、やばい……)

慌てて走り出す。既に余すことなくびちゃびちゃに濡れているアスファルトの上をかけて、ええいもうこのまま家まで突っ走ってやる!と再び決意を固めた途端、それは現れた。

「うわっ!」

角を曲がったところで黒い壁にぶつかった。いや、それは壁なんかではなく人間で、強いて言うなら見知った顔の人間で、さらに言うなら傘をさしている、親友曰く関わってはいけない男である筈なのに何故か僕は盛大に関わってしまっている、人間だった。

「前方不注意とは関心しないなあ」
「す、すいません……」
「まあ君だから許すけど」

どう?入ってかない?
そう微笑みながら臨也さんは僕に傘を傾けた。ぶつかってきた僕を咄嗟に受け止めてくれたのか、臨也さんは僕を抱きしめるように腰に手を回している。近すぎる距離に慌てて体を離そうとするも、離れたら濡れるよと甘く囁く臨也さんの腕の力に阻まれて傘の下からの脱出、もとい臨也さんからの脱出は不可能になってしまった。

「送ってくよ。ちょうどそっちに用事があるし」
「あ……それじゃ、お言葉に甘えて」

若干戸惑いながらも、とりあえず抱きしめる格好から肩を並べる格好になり、彼の好意に甘えて僕は親友から絶対に関わるなと言われている人間と仲良く相合傘をして帰る事にした。ごめん紀田君、君からの忠告を全く役立てそうにないや僕。

正直臨也さんと相合傘っていうのもうーん、っていう感じであったが、制服が濡れてしまう事を考えると背に腹は代えられない気がした。
それに、実を言えば、それこそ紀田君にはとってもとっても申し訳ないと言うか後ろめたい気持ちではあるけれど、臨也さんの事はそんなに嫌いじゃない。どっちかっていうと、それなりに好いていたりもする。危険だとか危ないとかそういう雰囲気は関わるべからず、って感じるし性格もちょっと道徳から外れている感じの人だとは、思う。けど、なんていうか、臨也さんは紀田君が言うほど酷い人でも無いと言うか、とりあえず好意的に接してくれるからそんなに危ないという危機感が僕には無い。それが甘いんだっつーの!と紀田君に聞かれでもしたら怒られそうな僕の脳内だが、仕方ない。事実なんだ。
一緒にいてそれなりに楽しいというか、ぶっちゃけると憧れているというか。折原臨也と言う人間は、僕の好奇心をこれでもかという程刺激するのだ。

「梅雨は嫌だね、気が滅入る。湿気で髪はあちこちに跳ねるしさ」
「そうですか?いつもと変わらないような気がしますけど」
「努力の賜物だよ。結構苦労してるんだ、これでも」

びちゃびちゃと足元で水を跳ねさせながら、帰路を歩く。こうしてたまに顔を合わせて他愛も無い話をするだけの関係だけど、そんな関係性が僕にとっては心地よかった。あの臨也さんの隣を普通に歩けているという事実に、優越感とか満足感とか嬉しさとか、そんな類の良い気分を感じたりもする。また紀田君に怒られるだろうから絶対口には出さないけど。

「そういえば、あの時何で携帯繋がんなかったの?」
「え?」
「一カ月くらい前かな、かけたんだけど繋がんなかった。チャットにも全然出て来なかったからついに死んだのかと思ってたんだけど」
「し、死にはしないですよ……」
「冗談だよ」

全然冗談に聞こえない冗談を笑いながら言う臨也さんに、苦笑いを返す。これが素なのか悪意を込めての意図的な発言なのかは、僕にも分からない。

「ちょっと手違いがあって、携帯もネットも回線が切られてたみたいなんです。あ、今は普通に大丈夫ですから」
「……ふーん」

一瞬、本当に一瞬、臨也さんの赤眼が勘繰るような鋭い光を放ち、僕は蛇に睨まれた蛙のようにどきりとした。しかしそれは刹那の間の出来事で、臨也さんは視線を正面に戻すとその口元にいつものような笑みを浮かべた。

「まあ、どうでもいいけどね」
「は、はあ……」

どうやら深く追求してくる気はないようで、僕はそれにほっと安堵のため息を吐く。
と、その時だ。降りしきる雨の音を引き裂くように鞄の中の携帯が着信メロディを流し始める。取り出した携帯には新着メールが届いた事を知らせる画面が広がっていて、僕はそのメールに目を通した後、歩みを止めて臨也さんを見上げた。

「すいません、急用ができたので僕はここで。あ、入れて下さってありがとうございました」
「いいって。あ、なんなら傘、貸してあげるけど」
「いや、そしたら臨也さんが濡れるじゃないですか」
「俺は君みたいな貧弱な体してないから。ちっとやそっとの雨じゃ風邪なんか引かないよ」

これは本当に素なのか、それとも意図的な悪意なのか、やっぱり僕に判別は無理だ。
でも今はそんな判別に時間をかけるのも惜しいくらいだったから、僕は一度だけぺこりと頭を下げて話を無理やり切り上げる。

「気持ちだけ頂きます。それじゃ、本当にありがとうございました」

言って、僕は傘の外へと走り出した。制服が濡れる事を躊躇っていた先程までの自分が嘘のようだ。とりあえず、今は制服よりも優先すべき事項が出来たから濡れた制服をどうするかはまた後ほど考える事にしよう。

雨が頬を濡らす、髪をぬらす、制服も濡らす。跳ねる水が足元を濡らして、鞄だけは濡れないように胸に抱えて走った。
早く、行かないと。

(四木さんが、待ってる)

メールの差出人は、最近になって知り合った僕の"雇い主"からだった。



作品名:夢見の唄01 作家名:ひいらぎ