天使なら殺されても仕方ない
だけどあらぬ方向を眺めたまま、目もこちらへ向けてくれない恋人に、俺の忍耐力はそろそろ限界を迎えそうだった。
そもそもの始まりは一週間前だ。
俺はトムさんといつものように取り立ての仕事をしていたんだが、金を借りたまま返さねぇ客の一人が逃亡しやがった。
俺も追いかけたんだが、やたらと逃げ足の速いやつで、細い路地を逃げられたせいでその場で捕まえることができなかった。
でもそいつの借金がなかなか高額らしく、絶対に捕まえなきゃならねぇって状況で、トムさんのほうにもヤツの潜伏場所の情報が逐一流れてくる始末。
こうなったら何がなんでも捕まえてやろうという雰囲気で駆けずり回ったおかげで、ヤツは捕まえることはできたものの、必死になりすぎたせいで、竜ヶ峰への連絡が疎かになっていたのは確かだ。
まぁつまりこんな言い訳をしてる時点でアウトなんだが・・
「あー・・その、竜ヶ峰、あの・・・悪かった」
「えっ?なにがですか?」
きょとんとした顔でこっちを振り向く(あぁ、可愛いな)
一週間ぶりに来た竜ヶ峰の部屋は、いまどきの高校生にしては物が少ない。
こざっぱりした部屋の中で、二人して座り込んでいたんだが、全く会話のないこの状況に耐えかねて謝ってみれば不思議そうな表情で返される。
怒ってるのか・・それとも全く気にしていないのか。
「(よ、よめねぇ・・)」
「あの・・どうかしましたか静雄さん?」
「いっ、いや!?なんでもない・・なんでもないんだけどよ・・その・・・」
「?」
首を傾げる姿は可愛い。
相変わらず可愛い。
しかもキャバクラに金をつぎ込んで逃げるような汚ねぇ男を追いかけ続けた後だから、余計に穢れなくて可愛くみえる(何もしてなくても可愛いが)
茶を入れてくれた湯飲みに手を出すことも躊躇われる重苦しい空気(感じてるのは俺だけか?)
「あ、あの静雄さん?どうかしました?」
「いや・・その、怒ってねぇのか・・?」
「何がですか?」
「その・・・一週間連絡できなかった、こと、とか・・・」
歯切れ悪く伝えると、竜ヶ峰は「あぁ・・」とつぶやいてうつむいてしまった。
これは呆れられているのか、それとも怒っているのか(はっきりしてくれ・・!)
容量の少ない理性が、みるみるうちに磨り減っていくのがわかる。
だが忙しかったといえど、一週間も放置したのは俺のせいだ。
竜ヶ峰がこっちのことを思いやって連絡を控えるようなタイプなのはわかってたことだし、むしろ忙しい中メールや電話などされていたらキレるのは俺の方だ(竜ヶ峰に怒ったことなんてないんだが)(怒ることも絶対ないんだが)
だからなんとかこの状況を打破しようと思うんだが、一体どうすればいいのかわからない(むしろ俺の不誠実さを罵ってくれ・・!)
「あの・・別に僕、怒ってないですよ?逆に一週間も大変でしたよね?お仕事お疲れ様です」
「り、竜ヶ峰・・!」
天使もかくやというほどの可愛らしいはにかんだ笑顔!(やべぇ・・かわいすぎる!!)
しかも新妻のようなセリフに、じぃんと感動していると、さらに竜ヶ峰は笑みを深めて、俺の右腕にすり寄ってきてくれた。
軽く腕に頬を擦られる仕草が、まるで猫みたいだ。
壊さないようにそっと左手で顎の下をくすぐってみれば、「んぅ・・っ」と色気抜群の声が漏れた(血圧上がりすぎて俺死ぬかもしれねぇ・・)
怒ってねぇし(可愛いし)
笑ってくれるし(可愛いし)
甘えてきてくれるし(可愛すぎるし)
これはもう
「・・い、いいか?」
押し倒す前に承諾をもらおうと聞いてみれば
「ダメです」
至近距離からの、絶対零度のまなざしに対抗する術はなかった(か、勝てねぇ・・・)
がくりと首が折れる。
でもせめて、と思って、軽い体を抱き上げてあぐらをかいた自分の足の上に降ろす。
「うわぁっ、ちょ、静雄さん!」
「なんだよ・・こんくらい、いいだろ?」
「よ、よくなく・・・ない、です」
「・・・・いいんだよな?」
「い、いいです!」
俺にとっては難しい言い回しに、ちょっとだけ声を低くして尋ねるとすぐに色よい返事がきた。
竜ヶ峰の首筋が赤く染まっていて、ぎゅっと力を込めすぎないようにして抱きしめるとそこへ唇を落とす。
「ん・・っ」と鼻に抜けるような声が竜ヶ峰から漏れた(あぁやっぱり可愛すぎる・・・)
そのまま顎に手をかけて、こちらを向かせる。
目はうるんでいて、頬も軽く上気している。
頼りなく寄せられた眉に、眉間にも軽くキスをして、いざ舌を味わおうとそっと唇を舐めると
「だからダメです」
さっきまでの可愛い顔が、一瞬で無表情に戻った。
「やっぱ・・・お、怒って・・・」
おろおろする俺に(情けないとか言うな)ぷくっと可愛らしくほっぺたを膨らませた竜ヶ峰が(何これ天使?)そのほっぺたを両手で押さえる。
眉間にちょっとだけ寄った皺も可愛く見えた。
「・・・口内炎、できたんです。しかも両側に1つずつ」
「・・・・・こうないえん?」
「はい。え、知りませんか?こう小さいぷつっとしたのが――」
「いや、それは知ってる」
さすがに知ってる。
竜ヶ峰以外のやつが言ったら馬鹿にしてんのかと言うところだが、惚れた欲目で説明しようとしてる姿も可愛く見える。
いや、竜ヶ峰は何やってても可愛い。絶対可愛い。
「さっきからずっといじってるんですけど、痛いし、治らないし。でも気になって触っちゃうし・・・」
「あー・・ちょっと見せてみろ」
そう言うと、竜ヶ峰はすっげぇ素直に口を開いた。
あーんと開けた口の中に、確かに両側に1つずつぷくりとでけぇのができてやがる。
「これは痛そうだな・・・」
「痛いんです。お昼にプチトマト食べたらすっごい沁みてのた打ち回っちゃいました」
「そ、そうか・・・」
のた打ち回るって、すごい響きだなと思うが、竜ヶ峰が痛い思いをするのは俺にとっても苦しい。
だいたいこんな可愛いくて小さくて頼りなさそうなやつが、痛みとか耐えれるのか?
(骨折れたりとか、熱出たりとか・・・歯の生え変わりとかよく生き残れたなこいつ)
なんて、うーんと考えこんでしまった俺を、腕の中から上目遣いに覗き込んでくる(あ、やっぱり天使?)
「だ、だから、えっと・・・べ、べろちゅー以外なら、いいですよ?」
「おぐふぅっ!!」
「え、静雄さん!?ちょっ・・なに、大丈夫ですか!?静雄さん、しずおさーん!!」
べろちゅーなんて可愛い響きの言葉に上目遣い(しかも俺の足の上で)
俺がその場で昏倒したのは悪くない。こいつだって悪くない。
ただ、竜ヶ峰が天使だっただけだ。
(やべぇ、幸せすぎて花畑まで見えてきやがった・・・)
(新羅さーーん!セルティさーーん!!静雄さんが、静雄さんがーー!!)
作品名:天使なら殺されても仕方ない 作家名:ジグ