砂の花びら
見渡す限り砂の海。
風に煽られ、少しずつ流動していく地平線。
天空からは烈火の焔を浴びているかのように強烈な紫外線。遠い遠い海から運ばれる、僅かな潮風、その匂い。
指先すら遮るものもない、渇いた砂の丘陵地で、ぽつりとただ立っている。
そこから何処を見ても、誰も、何も存在せず、果てしない空間が広がるばかり。自分の隣に、馴染んだ気配を探すけれど、それはどこにもなく。
ゆっくりと歩いてみた。
自分の足で、意思で動いているはずなのに、どこか不自然で覚束ない。
歩みに合わせて、さらさらと流れる砂流に足を取られながら、首を大きく巡らし自分の位置を確認する。
けれど、どこまでも砂地が続くこの場所で、そんなことをしても全くの無意味。
何故、自分がこの場にいるのかすら自分でも説明が出来なくて、頭の片隅では警鐘がなっているけれど、それもどこか亡羊としてまるで自分でありながらそうじゃないような気さえ起こっている。どこか現実的じゃない。それだけがはっきりとした認識。
ここが何処かだなんてどうでもいいことで、自分が誰だなんてことも大した問題でもなくて、今ここで大切なことは、
君がいない。
ただそれだけ。たった一つの存在が感じられない。傍に居ない。認められない。
そう思った瞬間、焼け付く様な咽喉の渇きをおぼえた。
唇も、舌も、口内すべてがカラカラに渇いて、無意識の内にだらしなく口を開いては、乾いた空気に僅かな湿りさえ奪われる。
ゆっくりと歩いていく。
何処に向かっているのかなんて、そんなこと判るはずもない。まるで夢遊病者のようにゆらゆらと不確実な足取りは、ただひたすら、君を求めて、歩いている。
どこまでも、気が遠くなるほどの砂漠の海に呑まれながら、遠い、君を求めて、
歩き続ける。
すう、と、潮が引くように意識が覚醒する。微かに痙攣しながら瞼を開くと、そこは見慣れた白い天井。横を向けば、愛用している目覚ましのつるりとした銀色が見えた。
午前四時――――。
起きるにはまだ少し早い。確認して、無意識に強張っていた指先から力を抜き、軽く息を吐いた。
意識がはっきりしたまま寝ているのも憚れて、変に疲れた身体を起こした。片膝を立て、ややだるく感じる手を持ち上げ顔の前に翳す。それは、薄暗い室内でもはっきりと震えているのが見て取れた。カタカタと、細かく打ち震える手をぎゅっと握り締め、それでも足りないというように甲に歯を立てる。
君がいない。
夢の中の出来事にすら、これほど動揺するなんて。
情けないと、自分を哂うことすらできない。
瘧のように全身に震えが広がる。それは止まる気配もなく、自分の不安と怯えを象徴するかのように夢と共に訪れた。
追い駆けて、追い駆けて、無我夢中で捕まえた時には思いもしなかった。
君といる幸福と、相反する不安を。
これは、自分の弱さが見せる幻。臆病な己の心が、「いつか」の喪失を想定させる。見る度に起きて、現実に返り安堵の息を吐く。そして怯える。「いつか」は今日か、明日なのかと。
追い駆けている時には想像も出来なかった。
こんなに自分が弱いなんて。
こんなにきみに依存していただなんて。
どこまでも深い欲に犯されて、心はいつまでも満たされないまま。
お願いだから、思わせぶりはやめて。ただ傍にいかせて。
いつだってその冷たく滑らかな肌に触れていたいから、つまらない意地やプライドなんて放り出す。未練なく。
お願いだから、逃げないで、ただ傍にいたい。
なりふり構わず云って、言葉で縛れたらどれだけいいだろう。でも、そんなことが出来るはずもなく、重く、深く燻る想いを、歯を食い縛って堪える。
(――――……っ)
声なき想いを聞くは、闇。