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パンチェッタ中野
パンチェッタ中野
novelistID. 14698
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野生の眼

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(先輩に似てんだ。まじうける)


猫をなくした。帰ってきたら部屋のドアが開いていて、そこから出て行ったようだった。そういえば朝方、突然入った修練で急いでいたのを思い出した。居住区の隅にボロ雑巾みたく落ちていたのを気まぐれに拾っただけだったから、怪我が治ったならどこに行こうと構わなかった。愛想もわるかったし。(ていうか、死にかけてんのに目だけギラギラしてんのが気に入って持ち帰ったんだけど)まあいいや、そう思ってドアを閉めた。赤い首輪だけ床に落ちていた。あとで拾っとこ、そう思ったきりその貧弱な糸くずは俺の視界に入らない。

次にその猫を見かけたのは数日後のことだ。不器用な持ち方で抱かれ、何度も持ち直されながらしかし満足そうに、夕陽を浴びて尻尾だけ揺らしていた。すれちがいざまに俺を見た男は不審そうに片眉を少々上げたがそれだけで、手の甲をふさふさの尻尾にたたかれ猫にかまけるのにもどっていた。にゃおん、満悦の声が夕刻に響く。俺は初めて猫という生き物に対して敵意を抱いた。(よりによって「先輩」に鞍替えだなんて、お前、いい根性してるよな?)糸くずは千切ってゴミ箱に捨てた。

しかし敵は飄々と俺の前に姿をあらわした。次の日もどったら何気なく俺のベッドに座り込んでいたのだ。てめえ、猫に向かって(後から思い出すと多少みっともないが、)メンチを切った俺は勢いよく飛び掛ったがもはや全快した猫の素早さに一歩及ばずただシーツをぐしゃぐしゃにつかむ。起き上がったときには廊下をかろやかに駆ける足音だけが遠く聞こえた。畜生! むしゃくしゃと蹴り飛ばしたスプリングから何か落ちる。コトリ、音につられて拾って見れば、猫用の首輪だ。俺が巻きつけたのよりよっぽどお高級な。(そりゃ使わなくなった靴紐と比べたんじゃなんだってそうだけど)赤い石のはめこまれたレザーの首輪、挑戦状のつもりかよ、握り締めたままのろのろベッドに沈み込む。あいつの夢だけは見るなよ、そう思ったが、結局夢は夢で、なにを見たかは覚えていない。

受付で教えられたとおりの部屋はあいかわらずの大部屋だ。街外れの一味から抜けてからというもの、あいつはあいかわらずこの狭苦しい部屋に住んでいるらしい。向こうの棟で顔を見ないわけだ。他の奴が出てきたらうぜえな、思いながら戸をたたくと顔を出したのは本人で、なんだか気が抜けたようなしかし緊張するような変なかんじがした。なんと切り出せばいいか考えて物言わぬ俺に、仏頂面がドアを閉めようとする。慌てて両手を挟みこんだ。いだ! いだいっすちょっと! 先輩さあ! 抗議するとようやく力が弱まる。なんだ、用事か。うさんくさそうに見つめられると自然口角が持ち上がった。

「そんな顔しなくてもいいっしょ、可愛い後輩がせっかく来てやったんだからさあ、」
「…閉めるぞ」
「ちょ待って待って待って!」

もーこれだから老い先短い先輩は行き急いでてヤだよなあ、言いながらポケットから首輪を取り出した。紅玉の瞳は初めて揺らいだ。黙って俺のことばを待つ、めずらしく殊勝な態度。(そうそう、そういうの結構いいよ、先輩)いつのまにか足元では、俺の敵が先輩の足に頭をすりよせ尻尾を振っている。思い切り腹を蹴ってやりたい衝動は胃の底におさえて首輪をちらつかせた。

「こいつが昨日落としてくの、見たんすよ。先輩、猫なんて飼ってんすか? 俺だったらそんな暇があったらランクのひとつでも上げますけどねー、いやーやっぱり先輩レベルになると? 余裕綽綽ってや「…話は、」

それだけか? ぎろり、先輩が接触さえ拒絶する野生獣の目でにらみつけてくる。ぞくぞくした。俺に興味なんて一ミリもないような冷めた目が最高にイラついて、最高に嫌いで、最高に興奮した。(そうだ、これだ、俺はこの眼が一番くるんだよ、なあ、先輩)

ま、俺は先輩とちがってひまじゃないすから? 先輩が遊んでるあいだに勝手に上に行きますけどね、そう言って汚れた床にカチャリ、レザーをわざと落としてやる。拾えよ、俺が哂うと、先輩はやはり無言のまま俺を見た。しかし俺はそのときようやく奇妙に気づくのだ。その眼に憤怒の色はない。ただあきらめたような冷めた色があるだけだった。

先輩、声をかけようとすると先輩はスッと膝を折る。そうしてなんでもない風に首輪を拾うと、待ち焦がれた猫の首にそれを巻いてやった。にゃおん、いつか聞いた満悦の声はやはり遠く聞こえた。先輩がいくらか肉付きのよくなった猫を持ち上げる。

「ベイガー」
「…なんだよ、」
「お前の猫だろう」
「!」

返す。ひょいと脇の下をつかまれた猫は俺に差し出され、気が付くと俺の腕にすっぽりとおさまっていた。(おまえ、こんなに毛並みよかったか?)戸惑う俺に先輩は一言告げてドアを閉めた。(ていうか鍵まで閉めた)

「俺なら、死にかけの猫なんて拾うひまがあったらランクのひとつでも上げるけどな」

どこかで聞いたような台詞だ、そう思いながらついつい指先に力をこめると腕の中の猫が非難に鳴いた。俺はようやく気がついた。

(ああ、この眼、どっかで見たと思ったら)
作品名:野生の眼 作家名:パンチェッタ中野