マリモ骸
本日、何となくそんな気分になった綱吉は、暇を持て余していた守護者たちを引き連れてちょっと復讐者の牢獄まで足を延ばしてみた。
しかしなぜだろう。復讐者のみなさんが奇妙に温かい眼差しで軽やかに通してくれる。
不思議なことに、その眼差しは頭に“生”が付きそうな温かさだった。
……彼らの間に何が起きているのか大変気になるところである。
だが、牢獄観光ツアー客と化した一同が地下深くの目的地まで降りたその時、復讐者の視線の意味を微妙に理解することとなった。
どでかい水槽。その天井部には申し訳程度に小玉の蛍光灯が見える。
そんな薄暗い明かりの下でもありありと見えてしまった光景に、守護者たちがはっきりと息を呑んだ。
すごい。これはすごい。さすがは骸。常識と物理法則をばっちり忘れている。
骸を閉じ込めているはずの水槽の前まで辿りついた綱吉は、水に浮かぶ元・骸らしき物体を見るなり、顔を引き締めて鋭く叫んだ。
「獄寺ァァァ! 今すぐデジカメ持ってこい! 急げ!!!」
「はい只今ー!」
抗争の時以上に真剣な指示を聞いて、忠実な右腕が水槽のある部屋から駆けていく。
自分で言っておいて何だが、彼はどこで調達してくる気なんだろうか。
そちらも気になったものの、もはや目の前の光景がディープインパクトすぎて構ってはいられなかった。
「ツナ、おい、雲雀がやべーぞ。あいつでも爆笑なんかするのなー。初めて見たぜ」
「十代目ー! ありったけ持ってきましたー!」
明らかに早すぎる帰還だ。
後で聞いたところによると、どうやら部屋の近くにいた復讐者が快くデジカメを三つも貸してくれたということらしい。
きっと彼らもこの壮絶な光景を記念撮影……もとい、記録に取っていたのだろう。何やってんだ復讐者。
「よし、獄寺くんは部屋全体、山本は爆笑する雲雀さん撮って! オレはマリモ骸撮るから! 了平さんは水槽ブチ破るのもう少し待って下さい! ランボもまだ感電させるなよ! さあ、ここが正念場だ! 行くぞ!!」
かつてない意気込みと一致団結のもとに、骸救出作戦の名を借りた怒涛のマリモ骸記念撮影会が幕を開けた。
「ボス……骸様……」
前方の喧騒をよそに、クロームは額を押さえることしかできなかったという。
水槽の中では苔だか藻だかで見事な深緑色の塊になっている物体がとてつもなく物言いたげにくねっていたわけだが。
その数十分後、心行くまで満足するまでデジカメが容量いっぱいになるまで一心不乱に撮影し続けた綱吉らは、満ち足りた笑顔で水槽の中から緑色のマリモを救出した。
違った。マリモ状態になっている骸を救出した。
筋力の落ちた体で床の上をビチビチのたくって逃げようとする骸を綱吉が素敵な笑顔で踏んづける。
その手には、デッキブラシ。復讐者が水槽を洗うために置いていたと思わしき上質な一品だ。
毛の硬さがなかなかに素晴らしい。この記念にもらって帰ろうか。
「い、痛っ、痛いっ……! ちょっと! あなたたち助けに来たんですかトドメ刺しに来たんですかどっちです!? ブラシはやめなさい!」
「でも骸、お前どっからどう見ても緑色であの雲雀さんが爆笑して最終的には痙攣して倒れたくらいヤバイ状態なんだぞ? 我慢しろよ、すぐ終わらせてやるから」
ごっしごっしごっしごっし。水槽から出てきた骸へ最初に送られた愛はデッキブラシによる容赦のかけらもない清掃だった。
雲雀が笑いすぎてそろそろ動かなくなってきている。まあ、雲の守護者なら大丈夫だろう。
なお、気を利かせて予備のメモリを復讐者からもらい受けてきた獄寺の功績によって、その一部始終がさらにがっちり撮影された。
数日後、本邸での会話はやっぱり生温かい。
ふて腐れていじけている骸に周囲が向ける視線こそが生温かいのだから、これはもうしかたのないことなのだろう。
「なあ骸、せっかく助けてやったってのにその態度はなくないか?」
「助けて……やった? あの一連の虐待行為を救助と呼ぶくらいでしたら助けなんか来ない方が千倍マシでしたよ!」
「何だよ、ちょっと記録とっただけだろ」
「……その画像がマフィア界のあちこちにばらまかれた理由は?」
「たぶん雲雀さんのおちゃめ?」
「馬鹿鳥ィィィ!!」
「過ぎたことは気にしない方がいいと思うぞ。骸はもう自由になったんだしさ。これからの生活を楽しめよ」
「爽やかに流そうとしてますけど君が全力でブラシかけてくれたことは転生しても忘れませんからね」
「感謝で?」
「恨みですよ!!!」
その後の復讐者たちもまた生温かい会話を繰り広げていた。
「おい、この監視カメラの記録見てみろよ」
「ん? ……ああ、ボンゴレが六道骸を持って帰っていった時の映像か。消されずによく残ってたな」
「あいつらもいっぱいいっぱいだったんじゃないか? まあ見てみろよ」
ごっしごっしごっしごっしごっし――以下エンドレス。
「………………なあ、オレ、ちょっと罪悪感が……」
「お前も六道骸の水槽洗いサボってたもんなあ……」
「悪かったよ六道骸……あの時オレたちがサボらずに洗ってりゃこんなことには……」
しかし、水槽洗いは面倒くさかったのだ。
持ち回りで清掃当番が回ってくるとはいえ、あのバカでかい水槽から水を抜いて骸を陰干ししてひたすら側面や底面部をごっしごっしと……やってられるかこんちくしょう。
そうして一人の当番がサボりはじめると、あとはなし崩しだった。少ない光量でもたくましく育って増えていく驚異の水苔。
いつしか骸はその水苔をまといにまとって深緑の塊に。こうなるともはや誰もが水槽洗いなんかしたくない。
清掃当番はやがてマリモ骸の観察記録当番となっていった。
「強く生きろよ……」
「いや大人しく生きろ……」
数日後、復讐者たちのところにも例の画像がばらまかれ、同情と罪悪感に目頭と胸を押さえる者が増えたとか増えないとか。
さらにその後、骸が何かオイタをやらかすたびにボンゴレ本邸で『ビチビチ跳ねて逃げようとするマリモ骸をデッキブラシでごしごししまくるドン・ボンゴレの動画』が放映されるようになった。
何度見てもセカンドインパクトもサードインパクトもありすぎる。
あまりのアレっぷりに、キモイとおののく以前に笑死しかける者が続出して一時邸内は騒然となっていた。
そんなみんなに囲まれて反省を強制される骸はというと、
「ボス、大変なの……! 骸様が家出しちゃった!」
「またー? あいつ、もう何回目だよ……」
「昨日、あれを傘下ファミリーすべてに公開放送したのがお気に障ったらしくて……」
元・マリモ骸こと現・六道骸の家出がボンゴレファミリー内でひそやかに定例行事化していたという。