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海辺の墓参

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海を望む丘の上に墓地はあった。簡素ではあるが丁寧な作りの墓標が並んでいる。その一つ一つを紹介する元親の声は暖かく、ここに眠る者たちとの関係性が容易に知れた。その名前の数々を、三成は知らない。だが同行者は時折心当たりがあるようで、懐かしむような笑顔を浮かべて元親に応えていた。彼らは古くから付き合いのある友人なのだという。それにしても他人の軍の兵卒の名前まで覚えているというのは何ともこの男らしいことだと、三成はぼんやりと考えた。深く考えることは避けていた。彼へのわだかまりを捨て去ることなど、三成には到底出来そうにない。今も自分の少し前で元親と談笑している天下人――徳川家康を、三成は険しい目で見つめていた。
「三成」
 元親がこちらを振り返った。それにつられて、家康の方もこちらを見る。目を細める。哀れんでいるように見えて、三成は拳を握りしめた。抑えようと努めても、まなじりが吊り上がるのを自覚する。
「三成」
 今度はなだめるように呼ばれて、三成はようやく元親を見た。
「お前も、挨拶して行けよ」
「……分かった」
 答えて、三成は前へ踏み出した。家康がこちらを見ているのが分かったが、視線は向けない。元親が一歩引いて空けた場所へ足を運ぶ。そこにすっくと立っている墓標に向かって跪いた。
「……済まなかった」
 口にした言葉はあまりにありふれていて無力だった。元親はそれを黙って聞いていた。家康も何も言わなかった。
「本来ならこの首を差し出しても足りはしない。だが、長宗我部にお前たちの分まで生きろと言われている」
 それが償いになるのだと元親は言った。三成はまだその意味が分からない。何をすればいいのか見えない。それでも彼がそう言うのなら、従う以外の選択肢はなかった。
「その約束は、決して裏切らない」
 何も分からなくとも、それだけは確かだった。
 ゆっくりと立ち上がる。元親を見ると、彼は薄く微笑んでいた。本当に懐の広い男だ。
「三成」
 別の方向から声をかけられて、三成は身体を強張らせた。親しげな調子にぞっとする。目の前の元親に顎をしゃくられて、三成は家康を見た。
 声をかけておいて、彼は言い出しづらそうにしていた。眉の下がった笑顔を向けられて、また嫌悪感が募る。
 それを見て取った家康は息を吐いて笑った。また三成の神経を逆撫でて、口を開いた。
「生きろ」
「……っ、」
 一呼吸、三成は耐えた。それが元親への礼儀であり、同時に三成の限界だった。
「貴様が言えたことか!」
 三成から生きる理由を奪った張本人、三成には殺されてくれないだろう、そのくせ掲げる夢も自分の命もやけに薄ぼんやりとしか語らない男は、その言葉にぱちぱちと目をまばたかせた。それからふいに破顔した。
「三成は優しいなあ」
 何をどう勘違いすれば出て来るのか全く分からない言葉を吐かれ、ますます嫌になる。
「馬鹿にするのもいい加減にしろ! 貴様はいつもいつも、」
「おっと、そこまでだ。野郎共の前で喧嘩は勘弁してくれ」
 元親の鷹揚な声に、三成はぴたりと口を閉じた。それでも視線は家康に据えたままだ。家康はますます困ったような顔をしていた。こちらの気も知らないで放言ばかりするくせに、反論されるとすぐこれだ。本当に腹が立つ。
「挨拶は済んだ。先に戻っている」
 それだけ告げて踵を返すと、ため息が聞こえた。家康のものだ。そこに込められた感情はきっと一つではなかったし、悪いものだけでもなかった。三成はきりりと唇を噛んだ。
作品名:海辺の墓参 作家名:ひなた