享楽に生かされるアリストクラシー
煌びやかな装飾に目をやられ、さっさと帰ってシャワーでも浴びたいと愚痴を漏らすアーサーに、フランシスは耐え性の無い奴だと苦笑を浮かべる。
「そんな事より、・・・・あいつは何処行ったんだ。」
「そういうのはお兄さんが探すより、お前向きだと思うけどね。」
んなこた判ってる。じゃあ聞くなよ。と何時ものからかい半分の問答を繰り広げ、アーサーはフロアを見渡した。
アルフレッドはいい意味でも悪い意味でもよく目立つ男だ。こうして人が蠢いている中でも大概は一発で見つけられる。それは欲目によるものでもあれば、アルフレッド自身の特異なカリスマ性とやらによるものでもある。
髪の色から睫まで全てを金で埋め尽くし、欧米人特有の白い肌に、若者らしい仄かな肌焼けがプラスされる。元来の派手好きな性格もあってか、服装も己のアレンジを加えたはちゃめちゃスーツを着込んでくる。本人にしてみれば「ロッカー」な着崩しとのことだが、・・・・残念ながら自分の価値観とは相違しがちだ。
今日も会って早々それを指摘した所なのだが、これだから古臭い奴はとばかりに足早に横を通り抜けられた。どこまでも可愛げのない男である。
(本当に何処行きやがった?)
暫く行き交う人の波を眺めていたが、アルフレッドの姿は見当たらなかった。可笑しい、こういう場においてあの男が目立つ行動の一つもしないなんて。いつもならあの大きな口をもごもごさせてアレが美味しいだのもっと欲しいだの、手が空けば空いたで演説染みた世間話を大声でのたまったいる筈なのに。
そうでなければ――――・・・とアーサーはふと壁際に目をやる。人の波から外れた小さなバルコニーに、男の姿はあった。この角度からは小さく横顔しか確認出来なかったが、どうやらぼんやりと夜風にでも吹かれているらしい。
通りすがりのウエイターのトレイに静かにワイングラスを乗せ、アーサーは溜息混じりに彼へと近づいていく。
それを横目で見ながら、フランシスは興味深げにふふんと笑って見せた。
「食いすぎで腹でも壊したか。」
失礼極まりない言葉ではあるが、それが彼の心配の裏返しであるということは既に理解している。
アルフレッドは振り返るまでもなく、やってきた相手に一言「「ちょっと、胸焼けしちゃってね。」と軽口を返す。
当然のように隣へと付いたアーサーに、アルフレッドは何も言わない。彼もまたそれを当たり前であるかのように受け止めていた。
口に運びもしないが、手放す機会も失ったのか、くるくるとワイングラスを指で遊びながらアルフレッドは重たい息を吐く。
「俺はヒーローだから、凄いって言われたり褒められたりするのは当然だし、純粋に嬉しいよ。」
そこでアーサーは思い出す。そういえば先ほどそんな風に持て囃されていたアルフレッドの姿を。
あの時は遠目からでしか確認出来なかったが、成る程、あの妙な笑みはその所為かと今納得した。
「けど、」
言いかけて彼は口を紡いだ。まるで其の先に吐き出すべき言葉が見当たらないとばかりに。
彼のなしてきたものは偉大なものもあれば、到底褒められるべきでないものも同じく存在する。
それを最も深い意味で理解しているのは他ならない本人だ。
メディアに踊らされる一般人の一般人らしい素朴で且つ残酷な言葉は自分達に時に尖ったナイフとなって突き刺さる。そんなもの上辺の笑顔で上手い具合に流してやればいいのに、そう思うものの口に出すことはない。
それが出来ないからこそこの男は自分から離れ、そして今も「相違」する位置に居る。それは全て彼が選んだ答えゆえだ。その先でどう苦渋を強いられようとも、それがアルフレッドの選んだものなのだ。
だから今更自分がどう口を挟んだ所で意味など持たない。元より、助言など誰がしてやるものか。
流し目に相手を見やり、アーサーはふんと鼻を鳴らす。
頑丈なものが全て強く作られているなどと誰が決めたのだろうか。中を開いてやれば、案外内は脆く作られている場合もある。
不意に口寂しさを感じ、こんな事ならグラスを置いてくるんじゃなかったと舌打ちする。ポケットに忍ばせていた溶けかけの飴を取り出し、口に放りこもうとした。
が、スッと自分に向けて差し出された掌を見て止めた。項垂れて顔の見えない子供はどうやら腹が減ってこの飴を欲しているらしい。
アーサーは再び軽く鼻を鳴らし、お望みどおり掌へと飴を落としてやった。
作品名:享楽に生かされるアリストクラシー 作家名:とそう