待ち合わせ
「おはようございます」
「後ろで寝てたからイスで轢きそうになったよ」
「未遂のようで良かったです」
「で、今日は何の用?」
臨也の質問で帝人は自分がなぜここにいるのか思い出した。たいした用ではないし、日が沈んでいればもう今日は帰ろうと思ったが、そんなに長くは寝ていなかったらしく、外は充分明るかった。帝人は迷った。ここへ来ながらもすごく迷った。ここへ来ることへの抵抗はなかったのだが、帝人はどうしたものかと思った。意を決して言うべきか。日が沈んでいれば。もう少し寝ていれば。
「帝人くん?」
黙り込んだ帝人を臨也がうかがう。帝人は腹を括った。
「臨也さん、花火見に行きましょ」
帝人が笑顔で言うと、臨也も笑顔で「いいよ」と答えた。
「いいんですか?」
「そのために帝人くんに待ってもらってたし。嬉しいな。帝人くんから誘ってくれるなんて。何か企んでたりする?」
「いえ、ただ、今日も暑いなって思って」
臨也は帝人の考え込んでいる時の顔が嫌いじゃなかった。少し眉間にしわをよせ、考え込む帝人は思いも寄らない言葉を吐き出すこともある。臨也は帝人が可愛くて憎たらしくて、それでも愛しかった。愛しい子は臨也の予想を覆す。
「臨也さんと二人で花火が見たいなって」
理由は分からないですと素直に言う帝人に臨也は堪らなく愛しいと思った。本能のままに動いたと言う帝人に臨也はどうしようと思う。脊髄が甘く痺れる感覚は下手な女とやる時よりも良かった。下世話な話だが、帝人居るだけで臨也の何か満たした。だが、臨也は知っている。帝人は臨也のことなどそんなに思ってはいない。帝人の中でどの部類に入るかは不明だが、臨也の位置づけなど重要視されていないのだろう。やはりこれも帝人の気まぐれなのだ。だとしても臨也は嬉しかった。「じゃあ早速行く?」
「臨也さんその格好で行くんですか?」
「だめ?」
「暑いですよ、外」
「うーん」
「浴衣と甚平どっちがいいですか?」
臨也は直感的に分かった。やはり帝人は気まぐれや酔狂とこの暑さで臨也に普段とは違う格好をさせようと思い、花火に誘ったのだ。臨也はそのためだけに自分を誘った帝人のことが憎たらしくて、可愛くて愛しかった。
「いいよ。そのかわり帝人くんも着てね」
「でも僕持ってな」
「大丈夫あるから」
帝人は臨也の輝く笑顔にどう答えればいいのか分からなかった。曖昧な笑顔で「そうなんですか」と言えば、「そうだよ。どっちにする?」と言われてしまった。帝人は観念して「甚平がいいです」と答えた。
「じゃあ帝人くんはあおだね!俺はどうしようかなぁ」
普通は甚平は青、というか藍が基本なんでは思ったが、余計な口は出さない。「俺は黒系かなぁ」と独り言のように言う臨也は奥の部屋に消えてしまった。ついて行けば、「波江がいればなぁ」とぼやいていた。臨也はクローゼットから甚平を何着か掘り出した。「どれがいい?」と聞く臨也に、帝人は適当な甚平を指差し、「これがいいです」と言った。それを袋に詰める臨也を不思議に思った。はいと渡された甚平の入った袋を持って帝人は臨也を見た。
「池袋で待ち合わせしよ。どうせまだ早いし。どう?」
「はあ」
「じゃあ後で」
帝人を玄関で手を振りながら見送る臨也に「後で」と言ってから、何でこんな面倒臭いことするんだろうと、帝人は首を傾げ、エレベーターを待った。