一方通行
マンションから足を踏み出すと、外はもう随分と暗くなっているというのに、空気が籠った熱を抱いていた。熱帯夜になるでしょう、なんて予想は当たっているのだろうか。それでも頬をなぞる風はそれなりに心地好い。
痛み止めを噛み砕いて吐き出した息が、緩々と声になるかならないかの途中で掻き消えて。じんじんと脇に残った傷口が疼いていた。
「ああ、……やだなあ、人間くさくなっちゃって」
化け物は化け物らしくしていればいいのに。
なんて、言ってみたところで臨也のぼやきめいた独り言なんて聞いている相手はいないだろう。
今日も何処かで平和島静雄が暴れていることくらいは想像をめぐらせなくたって飛び込んでくるこの街の日常でしかない。その形がじわじわと変わっていることに、誰が気づいているだろうか。
自分があの男に手加減なんてされたらおしまいなのだ。いっそ死んでしまいたくなるだろう。そんな事になったらあの手がこの血に染まるのも悪くないと思ってみるのに、それでもきっと静雄は最後の最後で留めなど刺してもくれないに違いない。
だからまるで気紛れなふりをして、きっと、何かを確かめるように自分はこの街を我がもの顔で歩いているのだ。
歩く道筋はいつでも決まっている。
なるべく人通りの多くないところ、治安の悪くないところ、灯りのしたを歩けるところ。
それからファーストフード店かコーヒーショップがあれば猶のこと。猫のいる小道だったらベストかもしれない。だなんていつでも、ただ一方通行の道でしかないのだ。
ゆらゆらとまるで熱に魘されたように視界が彷徨って、それから見覚えのあるシルエットを捉えるまではいつでも然程の時間を有さない。安心すればいいのか、吐き捨てれば良いのか。
無意識の産物だと、言えばそうでしかないのだけれど。意図的だと、言っても嘘ではなかった。
ああ、ほら駄目だ。やっぱ死んでもらわないとね。
そう笑ってポケットの中の刃物を撫でると、聞き慣れた低音が臨也の名前を呼んだ。