right now
「………………………何でだよ」
「何、そのテンション低い声。そんなのシズちゃんに会いたいからに決まってるじゃん。どうせ仕事から帰ってきてテレビでも見ながらゴロゴロしてるんでしょ? それに明日は仕事はお休みだよね? しかも、久しぶりの二連休」
「何で手前は俺のスケジュールを常に把握してんだよ。もう完全なるストーカーじゃねぇか」
「人聞きが悪いなぁ。俺は情報を集めるのが仕事なんだって」
「その仕事が既にストーカーじみてんだよ」
「そんなことよりさぁ、まだ夜の8時だよ? まさかもう寝るなんてことはないでしょ? ね、俺んちに泊まってっていいからさ、今からおいでよ。恋人のお願いには応えるべきだと思うよ」
「恋人とか言うな気色悪ぃ。 うわ、鳥肌立った」
「ひどいなぁ……この間君の家で飲んだときは、『シズちゃん、抱っこしてあげるからおいで』って言ったら嬉しそうに尻尾振って俺に飛びついてきたくせに」
「はぁ!? 何の話だよ! おいノミ蟲、現実と妄想をごちゃ混ぜにしてんじゃねぇよ」
「本当だってば。覚えてないわけ? まぁ相当に酔っ払ってたみたいだけど」
「だから覚えてるも何も、全部手前の妄想だろ。ああ……何かいっそ手前が不憫に思えてきた」
「ちょっと待ってよ、現実だって現実。ほら、『素直におねだりしてくれたら、シズちゃんがして欲しいことを今すぐ何でもしてあげる』って俺が言ったら、」
「いい年してよくそんな台詞が言えたな」
「そこは置いといてよ。とにかく俺がそう言ったら、シズちゃん、ふにゃふにゃした顔で俺に抱きついてきて『頭なでろ』とか『キスしろ』とか一杯おねだりしてきたじゃん。いやぁ、あれは今世紀最大に可愛かったよ?」
「……………黙れ」
「あ、思い出した?」
「死ね」
「ねぇ、今絶対に思い出したよね?」
「死ね」
「あぁあぁ、照れちゃって……まぁ今夜もあんな感じで甘やかしてあげるからさ」
「頼むから死んでくれ」
「うん、そういうおねだりは却下。もっとさぁ可愛らしいおねだりをしてごらんよ。そうしたら、ほんと、シズちゃんがして欲しいことを今すぐ何でもしてあげるよ? 約束する」
「手前……本気で気持ち悪いな。やっぱ死ね」
「相変わらず容赦ないね、シズちゃん」
「……………大体、『今すぐ』って何だよ、離れた場所に居んのに。不可能なことを約束すんなよ」
「お、いいところに気付いたね。ふふん、じゃあここでシズちゃんに質問。俺は今、どこからこの電話をかけているでしょう?」
「は? どこからって……マンションだろ? 新宿の」
「ぶっぶー。正解は、シズちゃんのアパートの目の前です」
「は?」
「だって、俺が『新宿においで』って言っても君が素直に頷いてくれないのは目に見えてたからね。それぐらいはお見通しだよ。だから俺の方から池袋に行っちゃおうと思って。それに、新宿に居ると見せかけて実はすぐ近くに居ましたーってシズちゃんを驚かせてみたかったし。ふふ、びっくりしたでしょ?」
「おい、マジでか?」
「マジだって。ねぇ、びっくりした? じゃあ今からシズちゃんの部屋の前まで行くから。いやぁ相変わらずのボロアパートだね。あ、玄関まで出迎えにきてよ」
「ちょ、無理だって」
「何で? 君の部屋が散らかってるのなんていつものことだし、気にしないよ? ……え、まさか、今誰かと一緒に居るの? 何、浮気?」
「そういう話じゃなくて、とにかく無理なんだって。あのなぁ……」
「あ、そっか、急に俺に会えることになってドキドキしちゃってるとか? さすがシズちゃん、可愛いなぁ」
「おい、人の話聞けよ!」
「大丈夫大丈夫、明日は俺も仕事はお休みだからね。ちゃんと泊まっていってあげるし」
「あぁぁうぜぇちょっと黙れノミ蟲!!! あのなぁ俺は今そのアパートには居ねぇんだよ、だから無理だっつってんだ!」
「……………え? 嘘、シズちゃん自分ちに居るんじゃなかったの? え、じゃあ今、外で電話してんの? マジで? わ、ほんとだドアに鍵掛かってるじゃん!」
「おいやめろよ、近所の人に不審者だと思われんだろ」
「何だ、早く言ってよ! てっきり部屋に居るんだと思ったし……ていうか、テレビ見ながらゴロゴロしてるって言ってたじゃん」
「手前が一人でぺらぺら喋んのが悪いんだよ。それに、テレビの話は手前が勝手に言ったことだろ。別に俺は肯定も否定もしてねぇし」
「あーあ……もう、今すぐシズちゃんに抱きつく気満々だったのに。がっかりだよ。で、今どこなの? つまみの買い出しにコンビニとか? それか自動販売機に煙草でも買いに? とにかく早く帰ってきてよ」
「新宿」
「……は?」
「だから、俺は今池袋じゃなくて新宿に居んだよ。つーか、手前のマンションの目の前に居る」
「え?」
「んだよ、手前そっちに居んのかよ……行き違いとか、本当に間が悪い奴だな」
「え? 嘘、ちょっと待って、本当に? シズちゃん俺んちの傍に居るの?」
「そうだって言ってんだろうが。……手前がいきなり『新宿においで』とか抜かすから、手前の思い通りになってるみたいで言い出すのが嫌だったんだよ。ちっ、もう最後まで黙っとこうかと思ってたのに」
「え、待って待って、何で?」
「何がだよ。あーあ、それにしても相変わらずの嫌味な高級マンションだな。手前はほんと、金だけは持ってるからなぁ」
「ちょっと、聞いてって。ねぇ、シズちゃんは何で、俺んちに来てるの?」
「あ? 何でってそりゃあ……あれだ、むしゃくしゃしてたから手前を殴りに来たに決まってんだろ」
「嘘だ。シズちゃんが本当にむしゃくしゃしてるなら、のん気に電話なんかしてないでとっくの昔に俺の部屋に突入してるでしょ?」
「……あ、いや、実はセルティからお前に伝言を頼まれてたんだよ。うん、そうだった」
「伝言の内容は?」
「それは……忘れたけど」
「ねぇ、本当のこと言ってよ。シズちゃんはどうして、俺の家に行こうと思ったの?」
「あー……………それはその、臨也に、」
「うん、臨也に? 何?」
「臨也に……その、急に抱きしめて欲しくなったから」
「………………………………………………シズちゃん」
「な、何だよ」
「俺、約束は守るから」
「は?」
「シズちゃんがして欲しいことを、今すぐ、何でもしてあげるってやつ。……ねぇシズちゃん、俺、今すぐダッシュで新宿に戻るから、絶対そこ動かないでね? いい? いくらでも抱きしめてあげるから、絶対そこに居てよ? 俺、今、もう駅に向かって走ってるから! 何か通行人がすっごい見てくるけど、本気で、全力疾走してるから! ほんと、今すぐ行くから! だから、あと一瞬だけ待っててお願い! ああもう、シズちゃん、君には本当に敵わない!!!」