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夏中の夢

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「せーいじー!!」
パシャン、と飛沫をあげた美香が勢い良くプールサイドへとあがる。やや下方に見えるグランドから球技の授業が終わったらしい彼女の恋人が手を振り返し、杏里もなにとはなしにそちらへと身体を動かす。

瞬間、彼の隣を歩いていた少年と目が合う。
遠くからでもわかる、よく見慣れたシルエット。「あ、」と小さく声をこぼし、胸中で彼の名前をつぶやく前に、対岸からわあ、とにぎやかな声があがる。

――竜ヶ峰ぇ、お前どこみてんだよ、
――張間かぁ?そりゃかわいいけど、難攻不落なとこにいくなあ。
――・・・うそうそ、わかってるってば。園原サンの水着姿みれてよかったなあ霧ヶ峰
――あっちいなあもう、あつすぎ

「ええ?」とか、「違うってば、」とかあたふたとした声が聞こえて、眼下の彼は少年たちの波にあっという間に飲み込まれる。
「帝人くん」
彼らの声にかき消されてつぶやけなかったその名を小さくこぼした杏里を美香は楽しそうに振り返る。



親友の言葉を反芻して、やはり少女は首をふる。

よく、わからないや、私には。
ああ、でも、

囲まれたクラスメイトにからかわれて、ここからでもわかるほどに顔を真っ赤にしながらちらりとこちらを見上げた彼を、ただかわいいな、と杏里は思った。








*********************









――アイス食おーぜ、アイス!
金髪の少年がこちらを振り返って、隣の彼はいいねえ、と声をあげた。
――いいねえ。もうあつくてあつくて。園原さんはどう?
私も食べたいです。杏里は微笑む。

よく見かけるアイスクリィムのチェーン店に立ち寄り、アイスの味を迷う。かわいらしいピンクとオレンジのマークに小さく当店お勧め、という張り紙がしてあり、小さくうなってその二つを見比べる。

――そーいやさ、初めて三人で帰ったときもアイスくったよなあ、
――あー、そうそう、そうだったね。・・・僕いちごにしよ
早々に味を決めた彼をみやって、杏里は少し笑う。
――あのときも帝人くんはいちご味のソフトクリームでしたよね
――そーそ。昔から思ってたけど、お前ってほんといちご好きだよな。いちごに限らず、そういうかわいらしー味
――べ、別にいいじゃないか。
財布から小銭をだしかけて、少年は顔を赤くさせる。
悪いとは言ってないってえ、と金髪の少年が返す。
――ただ味覚が子供っぽいなあと・・・あてっ
帝人が無言で彼の頭をはたく。
――悪い悪い、お前、本当はみそだれとかじいちゃんっぽい味のほうが好きなんだよな・・・あたたっ痛いです帝人さんいたい
杏里は笑いながら、いちご味が選びにくいなあ、と引き続き味を迷う。

――あ、やっぱり暑くなってくるとぐるぐるーってのよりまるいほうがくいたくなるな
――ぐ、ぐるぐる?まる?
――ぐるぐるはソフトクリームタイプの、まる、はアイスタイプのこと
――・・・普通にいいなよ

じゃれあう彼らを見てほほえみかけて、杏里はふと気がついた。








・・・あれ、静かだ。











静かだ。

・・・・・静かだ、

・・・・・・・・・・・・・・静かだ・・・!!





杏里の中に巣食っているはずの「彼女」が静かなのだ。
いや、静か、ではなくて






目の前の空が一瞬で晴れ上がった。
ような、気がした。








煩いくらいにただひとつの言葉ばかりがなりたてていた呪いの赤は消えうせ、この何年間朱色が耐えたことのない私の小さな絵画廊には、心地のよい静寂が染み渡る。


母なる彼女が消えた。いなくなった。







呆然と首を横にやる。
アイスクリィムのお店も、座っていた椅子も、きれいな色の看板も、金髪の少年もすべてとけて、ただ彼一人だけがこちらを見ていた。


友の言葉がよみがえる。
杏里の額縁のひとつに、あかるい朱色がともっていく。
あの娘はいないのに!いないのに、だ。いないから、だ。





ああ、と声をあげた。



ああ、これが愛だ、と、
心のそこからわきあがる喜びを抱きしめる。
わかった、これは、愛なのだ。これが、恋なのだ。
うれしくてうれしくて、名前をよぶ。






「         」








*********************









ガクリと身体が、手前によろけた。


「園原さん?あの、大丈夫?」

急に視界がひらけて、届いた声にびくりと体をふるわせる。顔をあげれば、半袖のシャツを着た竜ヶ峰帝人が心配そうにこちらをのぞきこんでいた。アイスクリーム店でもない。紀田正臣もいない。静かな午後の教室だった。
「・・・あの、」
「うんと、もう授業終わったよ。それで、次移動教室だから・・・。もしかして、調子悪い?大丈夫?」
ぼんやりと首を横にふれば、彼は「そう?」と少しの間腑に落ちないように目を細めて、それから、「ならいいんだけど」と小さく笑った。
「珍しいね、園原さんが授業中にぼんやりするなんて」
「・・・いつの間にか、眠ってしまっていたみたいです」
「寝不足とか?大丈夫?」
「あ、それは大丈夫なんですけれど。体育の、プールの後のクーラーが効いた教室って、気持ちがよくて」
「あー、わかるわかる」と彼は笑う。
のたのたと科学の教科書をとりだしながら、胸中の彼女の声を探す。相も変らぬアイの言葉はすぐに許容量をこえて額縁の向こうを埋め尽くしていく。
「おまたせしてしまってすみません」
「ううん、全然。じゃあ、いこっか」
少女は「はい」とうなずき返す。
















そして彼女は、夢中の自分をけっしてふりかえらなかった



呼んだその名が、誰のものであったかを















作品名:夏中の夢 作家名:こうこ