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研がるな白刃

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三成は一振りの刀のような男だと、吉継はそう思っていた。欲がなく、小難しく考えることなく、ただ主のために働き、その障害はみな斬り捨てる。その研ぎ澄まされた切っ先は、曲がることのない美しさと危うさを持っていた。
 刀は手入れしなければすぐに駄目になる。納まるべき鞘を失ってしまえば、この刃は曇るだろうか。錆びるだろうか。折れるだろうか。ひたひたと迫り来る暗雲を察しながら、吉継はそう夢想した。果たして雲は雨となり、嵐となり、秀吉は死んだ。
 主を失った三成の荒れようは実に酷いものだった。予期していた吉継でさえ密かに驚くほどに、彼は深い場所へ落ちていった。ただでさえ少ない食事や睡眠は目に見えて減り、秀吉のことばかり語っていた口は怨嗟に彩られた。主を奪った家康への、主を失った自分への思いは彼自身をも斬り刻んだ。近寄りがたい気を纏う、彼は凶王になった。
 それでも、刀としての彼は駄目にはならなかった。それどころか、より鋭く、より攻撃的に研ぎ澄まされた。深い闇の中にあって、その刃は濁らずに光を反射した。自分の是とすることを尊び、非とすることを憎み、自分を含めたこの世の全てに鞭打って、彼は復讐の鬼たらんとした。それはひどく美しく、ひどく禍々しい姿だった。
 吉継の考えたよりもずっと美しく、三成は堕ちた。それが何ともおかしくて、吉継は機嫌よく笑った。引きつけを起こしたような笑いは、多くの者には不気味なものでしかなかったろう。数少ない例外であるところの三成は、その白い首をこちらに向け、眉を寄せた。
「何がおかしい」
「何、主は本当に愉快な男よと思うてな」
「そんなことより、次はどこを攻める」
「まだ徳川と当たるには兵力が足りぬ。次に引き入れるならば――」
 三成の呼ぶ不幸は、きっと素晴らしい。だから吉継は、そのままぶつかればまるで勝ち目の見えぬ戦いに手を貸した。この見事な刃が、そのまま砕け散るのを惜しんだ。
「やはり刑部は頼もしい」
 三成は薄く笑った。また一歩近くなった家康の首に舌なめずりをするように。その目は家康への復讐しか見ていない。暗い炎をたぎらせて、真っ直ぐに進むだけだ。それが吉継の望む三成の姿だった。
 だから三成は気づかない。吉継が暗躍していることに。裏切りを、嘘を、密約を張り巡らせていることに。三成はただ家康を殺すために進んでいるが、一方の家康は天下を取るために動いている。徳川率いる東軍は着実に肥大化しており、こうでもしなければとてもやり合えはしなかった。彼が最も憎む行為を踏み台にしなくては、彼が最も望む行為は成されない。それすら三成には見えていない。どこまでも純粋に、貪欲に、彼は生きている。
「策は全て我に任せておけばよい。主は進め、進め」
 その行く末に降る不幸は、きっとさぞかし素晴らしいだろう。降り注ぐ綺羅星を描いて、吉継もまた薄く笑った。
作品名:研がるな白刃 作家名:ひなた