君に、20文字を。【前】
眩いほどの。
虚ろな瞳はそれを映し、しかしその眩さ故に瞼を再び下ろした。
腕を上げ、目を覆う。当たり前の動作が、辛い。
身体がギシギシと痛むのだ。
まるで今の自分の身体は、一度崩壊したものを継ぎ接ぎしたのではないだろうかと、思うほどに。
そんな思考を抱いた右代宮理御は、それが事実であるのではないかと更に疑念を抱いた。
恐らく、だが。
曖昧な記憶を辿れば、自分はあの黒猫に引き裂かれたはずだ。
あの、禍々しい程の笑顔を浮かべた黒猫を従えた少女の姿をした魔女―――否、化け物。
肉を貪られ、骨をも残さず、あの黒猫達に喰われた記憶が、理御の脳内に蘇ってくる。
既にそれは恐らくなどと言えたものではない、唯の事実だ。
ならば何故、今理御の身体はそこに存在するのだろうか。
「――――――誰かの、慈悲だろう」
反響する声、低く響く声はまた理御の記憶を呼び覚ます。
「ウィル……」
ウィル、と理御が呼んだ青年は無愛想に。
けれども、何処か申し訳なさそうなそんな表情で理御に手を差し伸べた。
ウィラード・H・ライト―――理御の相棒、そして理御を守ろうと奇跡の魔女に立ち向かった青年。
「無事、ではなかったんですね、お互い」
「悪い………、守れなかった」
「良いんです、ありがとうございます、まだ隣にいてくれて」
理御は差し出された手を取る。
よく見たらその手は、黒猫に噛み千切られたウィルの片腕に連なったものであったが、何事もなかったかの様に、そこに存在している。
先程ウィルは"誰かの慈悲だろう"と言った。
「よく私の考えていることがわかりましたね」
「顔に出ていた、それに……目が覚めた時に俺も考えていたからな」
「誰か、とは…一体」
ウィルはそれ以上何も言わない。
大方、その"誰か"が彼には解っているのだろうが、それを告げれば理御の混乱招くことは予想がついたのだ。
理御もそれを理解したのか、一度溜め息を吐いて、思考を巡らせる。
「此処は何処なんでしょうか?」
「さぁな、どこの猫箱に放り込まれたのか…ただ」
ぼんやりは、していられない。
ベルンカステルがこの状況に気付かない筈がない。
あの魔女は二人が、特に理御が生きている限り追ってくるだろう。
ベアトリーチェの、腸を引きずり出すために。
「理御、恐らくこの慈悲はもう二度とない」
「はい」
「どうせあの魔女はまた追ってくる、だから俺は今度こそお前と逃げ切る」
「ウィル……」
ウィルの脳内に浮かぶ、一人の魔女。
可愛らしい幼い容姿とは裏腹に、傲慢な言葉を紡ぐ魔女。
ラムダデルタ、絶対の魔女。
絶対の意思を尊重する魔女だからこそ、絶対に逃げ切ると望んだウィルと理御に慈悲を与えたのかもしれない。
だからこそ、絶対の魔女が、折角くれたチャンスだ。
例えそれが本当は退屈しのぎの気紛れであっても、このチャンスを逃す手など無い。
「ウィル、私も貴方と逃げ切ります、必ず」
ただ、と理御は続ける。
淡い色の唇が、少し開き、また閉じられる。
その動きは、発言を躊躇しているのがよく解かる。
しかし意を決したのか、理御はぐっ、と唇に力を込め。
「逢いたい人が、いるんです」
意思を込めた瞳が、ウィルの金色の瞳に映る。
賛否どちらもなく、ただ、その人物の名が理御から紡がれるのを彼は待つのみ。
「戦人君に、逢うことは可能でしょうか」
ウィルは思った通りの名が出てきたことに、一度目を伏せた。
戦人、右代宮戦人、右代宮家序列第8位、ベアトリーチェの対戦相手、黄金の魔術師。
右代宮戦人、というくくりの人間は多くいる。
だが理御の世界の戦人は明らかに違う。
理御にもそれは解っているのだろう。
しかし理御にどの世界の戦人に逢いたいのか、と聞いても首を傾げるだけだ。
ウィルは自ら難しく考えることを放棄し、再び理御に向かう。
「逢って、どうするんだ」
「彼が私を認識しているいないに関わらず、伝えたいことがあるんです」
概ね、その内容ですらウィルには予想がついていただろうし、理御もそんなウィルの思考はわかっていただろう。
互いを理解する、二人であるからこそか。
「……急ぐぞ、さっさと逢って、さっさと逃げる」
「っ、はい!!」
ウィルは強く理御の腕を掴む。
今度こそは、離さない。
例え自らの命を落としたとしても、理御だけは、必ず。
眩い光の中に、二人は身を投じる。
決して離れぬよう、離さぬよう。
黄金の魔女が愛した、彼の元へ。
作品名:君に、20文字を。【前】 作家名:よや以