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優しいなんてそんな馬鹿なこと

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はた、と我に返ったときには、俺の手は血で染まり、足元には人が転がっていた。

ああ、たぶん倒れているこの男を殴ったのは自分なんだ。
そう思って、意識さえされず殴られ続けた哀れな男に少しばかりの同情を向けた。

どうにも最近、こんなことが多い。


元々俺は自分が傷つくことは嫌いなんだ。
人を殴るのだって、自分の腕が痛いだろう?
だから自分から手を下すことなんて、しばらく避けてたのに…。

自分でも知らないうちに加減なくあの男を殴ったみたいで、右腕と左腕がツキツキと鈍い痛みを発している。

こんなとき、シズちゃんみたいな化け物が羨ましいね。
ああ、思い出すだけで殺意がわく。早く誰か彼を排除してくれないかな。


部屋に戻って、血に濡れた両手を洗うと、握っていた拳の先が赤くなっていた。
手首もズキズキして、殴りながら捻ったことを訴えている。

ああ、ほんと最悪。

グルグルと適当に包帯を巻いてみたけど、利き腕じゃないほうはどうにもうまくいかない。
グシャリ、と苛立ちそのままに包帯を握りしめた。

なにもかもがイラッとくる。


深夜だと言うのに、俺はふらふらと徘徊者のように街を歩いた。
真黒い服を着た俺を、街はネオンの光で隠してはくれない。
嫌だな、このままじゃ、また誰かを殴ってしまいそうだ。
痛んでいるところをまた痛めつけるようなMの性質は無いと思ってたんだけど、

今はいっそこの両腕が壊れるほど何かを壊したい。

飢えているんだ。

人間の三大欲求は3つ。
でも飢えているのは睡眠欲でも食欲でも、性欲でもない。
…でも、性欲に一番近いかも。

クス、と笑みを浮かべる。

ゴールの無いこの街で、俺は唯一向かうべき場所を目指した。


ゴンッとドアに頭をぶつけてみた。
しばらく待ったけど、反応は無い。まぁ、確かに普通なら寝てる時間だしね。

「みーかーどーくん、遊ぼうよ、ねぇ。」

囁くような小さな声。きっと彼には聞こえてないと高を括っていた。
ぎっと、ドアが外側に開き、頭をドアに傾けたままの俺の体制がまっすぐになる。

「こんな時間にどうしたんですか?」
目を見開いた帝くん。
いつ来ても変わらない反応が嬉しい。



『臨也さんて、優しいんですね。』
嘲り、媚び諂いも入ってないその言葉が、俺を何より苦しめたことを君は知らない。
君だって俺が優しい男じゃないことを知ってるくせに、まるで知らないという風に笑う。



「!?…腕、怪我されたんですか?」
適当に巻かれた包帯に彼が気が付く。
此処へ来るまでの間にゆるゆるに解けて、何の意味も持たないそれが、君の気をひけたのならそれはそれで良しとしよう。
「そう、腕が痛いんだよ。」
人を殴ったせいで、とは言わなかった。
帝くんは丁寧に巻きなおそうとして、赤くなってる俺の手首を見た。
「これ、包帯より冷やしたほうが良いと思います。」
アイスノンを薄いタオル地でくるんで、手首に当ててくれた。

ホラ、満たされてく。
冷たいそれが俺を満たすのか、帝くんの細い指先が俺を満たすのか、それともこの空間自体が俺を満たすのか、それはわからないけど。

ぐしゃぐしゃに絡まり、二度と解けない糸がシュルシュルと解かれていく。

気持ちよさに目を細めた俺を見た帝くんが笑う。
「良かったら、このまま寝ちゃっても良いですよ。」

ハハ、君の警戒心の無さはどうかと思うよ。
そう言ってあげようと思ったのに、俺の体は帝くんの言葉に従い、薄っぺらい布団に倒れこんだ。
あまりの薄さに下の畳のゴツゴツを直に感じる気がするけど、あの部屋のふかふかのベッドよか幾分眠れそうだ。



『臨也さんて、優しいんですね。』
夢心地の俺に、帝くんの言葉が響く。


夢の中の俺はその言葉に普通に照れて、「ありがとう。」と答えていた。