おいしいよね
溶けるなんぞ生ぬるい、外へ出れば一瞬で昇華しそうなほどの真夏日。
気の利く彼女は、氷に味がついているというなんともお洒落なカフェの飲み物を買ってきてくれた。そんなのいいのに、と俺が言うと、だって秋山さんと一緒に飲みたかったからと屈託なく笑った。彼女がここへ来るのは、もう日常茶飯事になっていた。まだ、いわゆる「そういう関係」ではなかったけれど、俺にはそれが心地よかった。慈しみとも仲間とも違った、不思議な関係だった。茹だるような夏の暑さが、互いを欲させたのだと思う。
ばりぼりばり
「ひゃっ!」
彼女は素っ頓狂な声をあげた。
「どうしたの」
「こ、氷」
「噛んだけど」
「ひゃあー…」
「どうかした?」
「そんな親の仇みたいにぼりぼりと…沁みませんか?」
「なんか、癖なんだよね」
そうなんですか、と彼女は俺から視線をはずさずそうもらした。
どうやらこういった下品なことはしないようにと教えられてきたらしい。
ぱりぽりっ
「うっ」
「しみるの?」
「ちょっと治療中で…」
「無茶するなよ」
「今までやったことなかったんですけど、ちょっと秋山さんのまねっこです」
「そんな楽しいもんじゃないさ」
「でも、なんか歯が強くなりそうで、いいですね」
彼女がこれからやろうかな、えへへ、と頬をゆるめた。
「味」
「あ、私のは…」
ちゅ
「あ、レモンだ」
「オ…オレンジです」
「俺のは…知りたい?」
「私が買ってきたんだから、し、知ってますよっ!あの、グレー」
ぷ、と彼女が発する前に口を塞いだ。彼女の唇は冷えていて、なんだか死んでいるようでもあった。ただ、俺を拒む手にはしっとりと汗が濡れていて、俺の鼓動を手から聴いているようで少し照れくさいように思った。
「ぶとう…」
「おいしいでしょ」
「は、はい」
また買ってきてよ、と俺が催促すると、も、もう買いません!と彼女は顔を真っ赤にした。しょうがないから、今度は俺が買っていこう。