希少性と価値の相関性
「帝人く~ん!」
「お帰りはあちらです」
名前を呼んだ直後に返される言葉として到底相応しいとは言えない言葉を吐き出された折原臨也は、釣れない言葉に返される表情として到底相応しいとは言えない満面の笑みで両腕を広げた。
「相変わらずだね! でも俺が帰る場所は帝人君の隣だからね! だって俺はこんなにも帝人君のことを愛してるんだから!」
そして帝人の痩躯を抱え込むように両腕を閉じた。端的に言えば抱きしめた。
帝人は密着する男の体に鬱陶しそうに溜め息を吐いた。
確かに、誰が考えても鬱陶しいだろう。
どちらかが女性ならばともかく、季節感を無視したファー付きコートに身を包んだ身長も体重も容積も自分よりも大きな年上の男に抱きつかれて喜ぶような男子高校生など、そうそういないだろう。
だから帝人の要求は世間の常識に照らし合わせても、甚だ尤もなものだった。
「離れて下さい、臨也さん。でなければ警察に通報します」
「やだよ! 恋人同士がいちゃついたからって警察に出番なんてないよ、馬に蹴られろってね!」
「軽犯罪法というものがありますよ。離れてくれないならばセルティさんに通報して実際に馬で蹴って貰います」
「運び屋だって愛し合うふたりを引き剥がすような無粋はしないさ! ね、帝人君、照れて釣れない態度とってる帝人君も可愛いんだけどさ、たまには素直に俺の腕の中で甘えてよ」
「妄想は頭の中だけにして下さい。いい加減にしてくれないと、静雄さんに通報します」
「こんなときにシズちゃんの名前なんて出さないでよ、気分悪いな! 帝人君の携帯のアドレス帳からはシズちゃんのデータ消しといたから大丈夫だよ」
「記憶していますから問題ありません」
「なにそれ!? なんでそんなの覚えてんのさ!? そんな有害な情報全部忘れちゃってよ!!」
ぎゃーぎゃー騒ぎ出した臨也に、帝人は煩そうに身を反らせた。けれども腕の中から抜け出せていないので、ちっとも遠ざかることはできていない。
正直なところ、両腕の上から羽交い絞めにされている為、実際に通報しようにも携帯電話を取り出すこともできない。
「帝人君の頭の中は俺の情報だけで埋め尽くされてればいいんだからさ! 特にあんなののことなんて考えないでよ! 俺の頭の中は常に帝人君のことで一杯なんだから、帝人君もそうなってよ!」
「静雄さんと喧嘩しているときは、静雄さんのことで頭が一杯で僕のことになんて構っていられない様子ですが?」
「えっ? なにそれ、妬いてくれてんの!?」
「それと同じくらい僕の頭が静雄さんのことで埋め尽くされていても、臨也さんにアレコレ言われる筋合いはないと思います」
「なんてこと言うのさ! バカバカ! 太郎さんの浮気者!!」
叫び声と同時に、両腕の締め付けが強くなった。正直、ウザイだけでなく、痛い。息苦しい。
それからしばらくの間キャンキャンと騒いでいた臨也だったが、帝人がリアクションを示さずにいると、拗ねたように膨れだした。
なんだろう、この24才児は。
「俺はいつでも帝人君のこと考えてるし、いつでも帝人君への愛を示してるし、いつでも帝人君の為に色んなことを取り計らってあげてるのに、なんで帝人君からは返してくれないの? ずるくない?」
「はい、ずるいですね。ですから臨也さんも僕のことを放っておいてくれて構いませんよ」
「そうじゃないでしょ! 帝人君も俺と同じくらい俺のことが好きだよって言葉と態度で示してくれれば釣り合いが取れるって言ってんの! もーっ、なんで俺の溢れんばかりの愛をそうまで見事にスルーするのかな、この子は!」
頬を膨らませながらブーブーと文句を言う姿は、きっとクライアントにも平和島静雄にも見せられたものではないだろう。完全に舐められる。というか、呆れられる。
当然帝人も呆れ果てた。いや、随分以前からとっくに呆れ果てていた。
「四六時中愛だのラブだの言い続けていられれば、スルーしたくもなりますよ。同じことばかり繰り返していれば軽く感じられるようになるのは当然でしょう」
僕は非日常が好きなんです。
既に臨也さんの奇行には意外性を感じなくなってしまっているので、単にウザイだけです。
非情な言葉を続ける帝人に、臨也は益々強くしがみ付いた。
「そんなことないよ! 俺の溢れんばかりの、てゆーかもう溢れ返って溺れそうなくらいの愛を表現するには、後何万回愛の言葉を繰り返したって足りないくらいなのに!」
「……本当に痛いので離してくれませんか。腕の骨が軋んでいます」
「やだやだやだっ!!」
ぎゅうぎゅうと締め上げてくる腕は、見た目と言動の幼さを裏切って力強い。本当に地味に痛い。そしてウザイ。
帝人は肉体的且つ精神的な拷問に合っている気分になりながら、溜め息混じりの声を零した。
「言葉は要点を押さえて簡潔に。長々だらだら喋り続けるのは頭が悪そうで減点です。昔校長先生の話を聞かされてるとき、そう思いませんでしたか?」
「――そんなの聞いてなかったから、知らない」
すっかり拗ねている。
帝人は更に大きな溜め息を落としてから言った。
「駄々っ子ですか。十歳近く年上なんですから、大人らしい言動を見せて下さい」
「……やっつしかちがわないもん……」
「平仮名で言う時点で落第点です。それに現時点では九歳差があります」
ぴしりと厳しく言い切った後、帝人は冷徹な表情を崩さないまま続けた。
「つまりですね、幾ら言葉を重ねても理解できない臨也さんの頭でもわかるようにしますと」
帝人は至近距離にある臨也の耳元にリップ音を立てて口付けた。
「!!」
「こういうことを、極偶にされるのと、マンネリ化するまで繰り返されるのとでは、価値が違って感じられるでしょう?」
極偶にどころか、帝人の方から臨也に積極的な接触を図るのは初めてのことだ。
「みっ、み……みかどくんっ!?」
「言葉もまた同様です。希少な程価値が上がるものです」
「今っ! 今俺にキスしてくれたよね!? 帝人君から自主的に!?」
「サプライズというのもなんですが、驚きも――喜びも段違い、と見て間違いないですよね?」
「帝人君帝人君帝人君帝人君帝人君っ大好きっ!!!!!」
「――ちっ、離せと言ってるのに更に力を込めないで下さい、鬱陶しい」
あんなことをしておいて、離せなどというだけ無理だ。
臨也は帝人の柔らかな頬に自分の頬を摺り寄せた。当然益々ウザがられたが気にしない。
「こんなに紅くなっちゃって可愛いな! 帝人君てば純情! 恥ずかしいの我慢して俺にキスしてくれたんだ~っ」
「さっきからひとを締め上げておきながら言う台詞ですか。息が苦しい所為です。本当に離して下さい」
「ホントにツンデレなんだから~っ! でも帝人君がデレたの初めてだよね!」
「ツンデレとか狩沢さんみたいなこと言うのもやめて下さい。オタク臭いです」
「帝人君大好き愛してる!!」
「さっきの僕の話と行動、まるで通じていませんね? わかりました、もう二度としません」
ごろごろと懐く大きな子供に、帝人はぴしりと冷たく言い捨てた。
作品名:希少性と価値の相関性 作家名:神月みさか