非道
帝人自身にも言えることだが、目の前で肩を怒らせる少女はいたって平凡なごく普通の女子高生に見えた。それなのに、何をどう間違って、臨也のような男に魅入られてしまったのか。
憤然と眼を潤ませ睨んでくる少女に、帝人は哀れみしか感じられない。
少女はただ、どうしてと疑問を繰り返す。帝人が臨也の事務所で臨也の取り巻きたちに出会すのは初めてではないが、どの少女も似たようなものだった。直接的に帝人に何かをしかけてくることも、臨也を間接的に貶めるようなこともしない。堪えきれずについ、衝動だけで何度も帝人に問いかけるだけだ。
なんとも、躾の行き届いていることだ。嫌悪とともに、感心を込めてそう思う。
もし帝人がもっと、少女たちの考える臨也に相応しい人間像に近ければ、少女たちはこんな風に憤らなくてすんだかもしれない。しかし、そうは言っても見ず知らずの少女やましてや臨也なんかの為に、どうして帝人が自責の念を感じる必要があるだろうか。そもそも臨也に直接ではなく帝人に問いかけてくる時点で、帝人の少女たちへの評価はマイナスだった。
「あなた方が僕を羨む理由が、僕にはよくわかりません。」
「……。」
「携帯やパソコンで連絡をとって、たまに会って食事をしたり友好を深めたりして、事務所に訪れて仕事の手伝いをしたりして、気紛れのようにのばしてくる手を拒まずにキスしたりセックスしたりして。これって、あなた方と何か違うんですか?違う部分がありますか?」
帝人は何時だって、少女たちから向けられる妬心に無関心だった。聞き流していれば少女たちはその内諦めて帰ってくれるのだから、余計な口を挟んで浪費する時間を増やすだなんて馬鹿馬鹿しいことであったから。けれど、ずっと気になっていたことがあった。
どうして、少女たちの憤りが向けられる存在に帝人が選ばれたのか。
帝人は先程少女に、帝人だろうが少女たちだろうが臨也の対応に大差などないことを遠回しに告げたが、実際は少し違う。帝人に対するほうが、臨也はより悪辣で陰険で辛辣であった。
大事にされているという観点において、本来羨ましがられるのは少女たちのはずだ。もちろん相手が臨也である以上帝人が羨むなどありえないので、客観的に比較した場合の話だが。
帝人の発言が嫌みでもなんでもなく、言葉通りの疑問でしかないのだと気付いた少女は、まるで世界中の絶望を思い知らされたかのように表情を歪ませる。
「…だから、だからっ!あなたがゆるせないの!」
少女の眦から透明な滴が零れ落ち、新しい涙の跡が出来るたびに、帝人は臨也への侮蔑を深めていく。少女たちの悲しみや苦しみが臨也という存在によってのみ派生するものだと、帝人は信じて疑わず、少女たちが自分の前で泣く理由を帝人が考えることはなかった。