和解なんて未来有り得ないさ
風を切り重力を無視した速度で飛んでくる自動販売機を、臨也は紙一重で避けた。勢い良く壁にめり込まんばかりにぶつかるそれの風圧を身体で感じ、反射的に冷や汗が滲み所用のナイフに手が伸びる。
自動販売機が飛んできた方向からは、荒々しい足音と唸るように自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「いーざーやーくーんー。池袋に来んなって何度言わせんだ。手前はよお!」
「やだなあ。ちょっと仕事の都合で寄っただけじゃないか、シズちゃん。」
「んなの知るか!」
怒り心頭な静雄によって、手近な場所に刺さっていた道路標識が引っこ抜かれる。目の前で起こる非常識な出来事も、臨也にとっては見慣れたものだ。ナイフを構え身構える。
静雄の足が地を蹴った。跳躍力すら人並み外れた静雄は、一瞬にして道路標識とともに臨也に迫ってくる。
道路標識を、静雄は片手で振り回した。理不尽なほどの怪力である。
臨也はナイフ一本で頭部めがけて叩き付けられそうな道路標識の支点をずらし、静雄の力を外に逃がして自分に当たらないよう軌道修正をする。その際ナイフと道路標識の間で火花が散り、ナイフは刃がこぼれ変形してしまった。だが、予備ならば何本か用意してある。
今度はこちらから静雄の懐に飛び込み、新たに取り出したナイフを振りかざす。上手くいけば頸動脈くらいは傷付けられたかもしれないが、無駄に働く動物的勘によってか静雄は上体を逸らし後ろにさがった。
「本当、会話する気ゼロだよね。シズちゃんって。人間には言語っていう、意思の疎通をはかるために便利なものがあるのにさあ。ああ、でも仕方ないか。シズちゃんは、人間じゃないもんねえ!」
「――殺す。」
今の静雄を前にすれば、恐ろしさに誰もが蛇に睨まれた蛙のごとく萎縮し縮みあがるだろう。それほどの、純粋なほどの鋭利な殺気がこの場を支配していた。
ぎらぎらと獲物を見据える眼に、殺意に歪められた唇。
臨也も一応肉体的には人間であり、本能的な死への恐怖もある。まさしく暴力そのものといった静雄を恐れないわけではなかったが、それ以上に、内心で渦巻くのは高らかな哄笑であった。
(ああ、ああ、今すぐ鏡でも突きつけて、自分がどんな顔をしているか見せてあげたいよ!暴力が嫌い?平穏が欲しい?…笑わせるなよ、平和島静雄。どれほど否定したところで、こうやって力をふるう時にこそ、何よりもいきいきとその身を動かす癖に。誰をも投げ飛ばし地に伏せさせることを愉しんでいる癖に。)
二人同時に相手へと駆け出し、明確な殺意をたぎらせる眼差しが交錯する。
(結局、お前は化け物でしかないんだ!)
臨也を前にした静雄の姿こそが、臨也のその叫びを何よりも肯定していた。
作品名:和解なんて未来有り得ないさ 作家名:六花