9月3日は記念日らしい
「二人は今日が何の日か知ってる~?」
突然やって来たアーチェが明るくそう聞いてきた。
今日は9月3日。ほんの少し思案してみたけど、特別な事は何も思い浮かばなかった。
「どなたかのお誕生日、とか?」
「んー、でも僕達の中のに今日が誕生日って人は居ないよ??」
それはミントも同じだったらしく、僕と同じように疑問で首を傾げるばかりだった。
そんな僕とミントを見て、アーチェは「やれやれ」とでも言うかのように両手を肩の高さまで上げた。
「全く二人とも分かって無いんだから。いーい? 9月3日は……」
ビシッ! と、アーチェの人差し指が僕に向けられ、
「くがつ、の「く」、と」
指先が平行に動き、今度はミントに人差し指が向けられる。
「みっか、の「み」、で、クレスとミントの日なんだよ!」
自信たっぷりに告げるアーチェ。言葉が出ない僕とミント。
それは、なんというか、無理のあるこじつけではないだろうか。
そもそも頭文字が「く」と「み」の人だったら誰だって当てはまるぞ、それ。
「あっ、クレス。今「くだらない」って顔したでしょ!」
そんな事を思っていたのがすぐにバレた、んだけど、正直隠す気にもならなかった。
「だって、さすがに無理矢理過ぎると思うんだけど」
「ったく、これだから男は。女の子はね、記念日が一つでも多い方が嬉しいんだから。ねーミント?」
「えっ、あ……ど、どうでしょう?」
微妙な笑顔を浮かべるミント。アーチェに気を使ってきっぱりと否定出来ないのか、それとも記念日云々に関しては同意見なのか。僕にはちょっとわからなかった。
「とーにーかーく、アタシはちゃんと伝えたから。あとは二人でどうにかしてちょうだい」
何を? と聞き返す間も無く、アーチェは箒でさっさと飛び去ってしまった。
一体どういうつもりでこの話を僕達に持ち掛けたのかの意図すらわからないままだけど、アーチェの言う事だからあまり気にしない事にした。気にしても仕様が無い気がするし。
「クレスさん」
その日の夜、ミントが緊張した様子で僕に話しかけてきた。
「何?」
「昼間のアーチェさんのお話……覚えてます?」
「あぁ、今日の記念日の事、だろ? いくらなんでもこじつけ過ぎだったよね」
僕の中では笑い話となっているソレを、はははと笑いながら思い出す。アーチェが突拍子もない事を言うのはいつもの事だし、それ自体はアーチェの味だと思う。僕とミントの日だなんて言ったのも、アーチェらしい発言といえばそうだろう。
だが、
「……クレスさんは、駄目、ですか?」
「え?」
「9月3日が、クレスさんと私の日……というのは」
俯くミントをよく見れば、顔が紅い。むしろ耳まで紅い。
「……へ?」
まさかミントは真に受けている、というのだろうか。
アーチェも言っていた。女の子は記念日が一つでも多い方が良い、と。
つられて僕も赤くなるけど、困った。僕の中では完全に笑い話として処理してたものだから、まんざらでは無いらしいミントにどう言ったらいいのか。
「あ、ああ……ミントは、こういう記念日みたいなの、好き?」
「き、嫌いではないです。ただ、今日はクレスさんと私の日、みたいなものなんだなぁって思うと、ちょっと嬉しくて」
照れくさそうにするミントは、まだ顔を上げてくれない。
「そっか」
ミントは、嬉しいんだ。
正直今でも無理があるこじつけだろうとは思うけど、ミントが喜んでくれるなら。
「ミント」
俯いたままのミントの頬に触れる。反射的に僕へ顔を向けたミントの無防備な唇に、僕のそれを重ねた。
「っ!!」
「ま、君が喜んでくれるならそれでも良いかな。僕とミントの日って事で」
認めてしまうのは悔しいけど、アーチェに感謝しなければいけない。少なくとも、ミントにキスをする口実は出来た。
ますます顔が真っ赤になっていくミントが何故か恨めしそうに僕を見る。……何かマズかっただろうか。
と思ったのも束の間、僕は勢いよく抱きついてきたミントに思考を奪われる事となった。
「わわっ……」
「キスのお返し、です」
僕の背に回された腕はいつもより力が籠っている。自棄が入ってるのかもしれない。
胸元に顔をうずめるミント。彼女の温かい吐息に、心音が少し高くなった。
「……この後はどうしよっか?」
僕もミントを抱きしめる。腕の中でミントの肩が揺れた。一体何を想像してくれたのか、さすがの僕でもわかる。というより、そういった意味を含ませて言ってみたわけだし。
「……クレスさんにお任せします」
ぽつりとそう囁いたミントを、僕はもう一度強く抱きしめた。
作品名:9月3日は記念日らしい 作家名:柿本