二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

【じじまご】なつのおわり

INDEX|1ページ/1ページ|

 
なつのおわり




「ん……」

 いつの間にかシエスタをしていたらしい。ふと目が覚めると、そばには誰もいなかった。家主の日本はどこへいったのやら、気配がまるでない。彼の家にぽつんとひとりきり。人のいない家というのはがらんとしていて、やけに広く感じる。日本の家はしばしば狭いと言われるが、それは間違いである。天井が少々低いだけで、部屋数は多いしなかなかに広いのだ。
 イタリアがのっそりと上体を起こすと、日本がかけてくれたのであろうタオルケットがずり落ちた。日の傾き具合からして、とっくに12時は回っているはずだ。もしかしたら、おやつの時間も過ぎてしまったかもしれない。最近は以前と比べて日の落ちる時間が早まったように思う。今日のおやつは何だったんだろう、水ようかんだったら残念だなあ、俺も食べたかったなあ、などととりとめのないことをイタリアは寝起きの頭でぼうっと考えていた。
 つけっぱなしで寝ていたのだろう。扇風機がぷうんと音を立てながら首を回している。蚊取り線香はいつのまにか燃え尽きてしまったらしい。豚の口を覗き見ると白い灰のかたまりがあった。相変わらず蝉がそこかしこで鳴いている。遠くで、近くで、見えないほど遠くで、あるいは庭の木で。物干竿にほされた色とりどりの洗濯物が風にはためいていた。畑に連なるトウモロコシの穂のずっと向こうがわに、大きな入道雲が見える。もくもくと、それなりのスピードでもって空を進んでゆく。

「ん〜、ん…」

 りん。風鈴が鳴った。風鈴の音色は可愛いし涼やかで好きだ。けど、蝉の鳴き声は好きになれそうにないなあ。だってうるさいんだもん。これじゃシエスタできないじゃないか。日本が起こしに来ないということはまだ寝ていて大丈夫ということだろう。そう判断したイタリアはふたたび横になり目を閉じた。
 ゆるい意識のうち、夢のはざまで様々なことを思い出していた。夏の思い出。日本とはじめて会って、ハグして責任を取ってくださいと怒られたこと。それから、冬に日本ちのこたつで調印式をしたこと。日本と会ってはじめての夏は、かき氷をご馳走してもらった。一度にたくさんほおばったら頭が痛くなって、日本に笑われたのをよく覚えている。それからそれから。日本の畑に入れてもらったり、花火を教えてもらったり、またある年は御神輿を担がせてもらった。先週は、お盆と送り火。思い出せば日本の夏は幸せな記憶で満たされていた。いつだって、夏の鮮やかな光の中で日本がほがらかに笑っているのだ。イタリア君、イタリア君。彼は自分のことを孫扱いするけれど、ふとした瞬間、彼は驚くほどあどけない横顔をしていることがある。そういう横顔をちらと見遣るたび、ローマ爺ちゃんは自分のことをこういう風にみているのだろうか、と思う。
 夏の日本は、匂いが違う。夏の彼は蚊取り線香の匂いがする。常時焚いているから着物に匂いが染み込むのだ。そのにおいをかぐたび、ああ日本の夏だ、今自分は日本の家に遊びにきているのだと実感が湧いた。

「……あ、」

 はたとイタリアは目を開けた。
 それまで、ただただ五月蝿く聞こえただけの蝉の鳴き声が、なぜだか突然風流なものに聞こえてきたからだ。はじめて夏の時分に遊びにきたときは気になって仕方なかった。耳を塞ぎたいくらいだった。その旨を日本に告げても彼は苦笑いするばかりだったのをよく覚えている。そう、思い返せばいつだって、日本の夏は蝉が鳴いていた。風鈴が揺れていた。木々がざわめいていた。蚊取り線香の煙が泳いでいた。

「………なんだあ」

(今になって、そう、はじめて会ってから100年以上たった今になってやっと、俺、はじめて日本のことを理解できた気がする。夏になるとふと日本に会いたくなるのも、夏の終わりがちょっぴり寂しいことも、ぜんぶ、ぜんぶ)

 来年の夏は、蝉が鳴き始めるその日に遊びに来よう。それからふたたび、イタリアは静かに目を閉じた。