朝日が僕らを
それでも朝は毎日毎日ただ暴力的に訪れた。
だから抗ってみることにした。襖も窓も閉め切って真っ暗にして、俺は一人で強引に夜を続行した。でも空腹とかその他雑多な理由であっさり外に出た。ちゅーとはんぱにふけんこー、と一人で笑った。あの光に邪魔されなくなったから起きる時間は当然遅くなって、生活はどんどん不規則になった。咎める人もあまり居なかった。
そうしてどんどんその薄暗い部屋は居心地が良くなっていったから、俺はずっとこういうふうに生活していくんだろうな、と、思っていたのだけど。
朝日が僕らを
発端の言葉は覚えていない。そいつが万事屋で働きたいらしい、という主旨に気付いたときには手遅れで、そいつは俺の二つ返事を素直に承諾と受け取ってにっこりと笑ったのだった。しかし、ノーパンしゃぶしゃぶのなんやかんやに巻き込まれた俺ひとりVS警官大勢の口論に必死だった俺に届いたそいつの声はそもそも届いてなどいなくて、そんな時の「はいはいわかったからあとでねー」なんていう言葉を聞いたそいつが律儀に待っているなんて思いもよらなかったわけで。
だからそもそもあいつに出会ってしまったこと自体が過失だったのだ。それからの幾つかの失敗と重ねていった誤算の全てを総合した結果として、あいつは俺の部屋の扉を開けてしまったのだ。
「 」
なんか聞こえたような気がした。優しい暗がりにいつものように安心しきっていた俺はすううと射し込まれた朝の日の光に飛び上がらんばかりに驚いて天地が引っくり返ったかのように驚いてとにかく死ぬほど驚いた。そのお陰でばっちり覚めた目が捕えたのは相変わらず不快なたくさんの光とそれに逆光になる形で部屋の出口に立ち竦む、あいつの影だ。
「なに?」
とりあえず俺は声を発した。
「……おはようございます」
とりあえずあいつはそう言った。
「…………オハヨ」
俺はたっぷりと間を置いて挨拶を返した。おはよう、おはよう。そんな挨拶を誰かと交わしたのは一体何時振りだったろう!
志村新八くんは、意を決したように俺の部屋に一歩踏み込んで、その一歩のあとは何事もなかったようにつかつかと歩を進めていく。「起こしちゃったならすみません、でももう十時ですよ?いつもこんな時間まで寝てるんですか坂田さん?」とか喋りながらあいつは俺を通り越していった。俺はといえば、返事もせず、驚いてまだどきどきいってる心臓を宥めることも放棄して、困惑していた。なにこれ? なにこの状況? なんで、あいつ、ここに? そうだ、何をしようと。
してるんだろう、と後ろを向いたらびかっと目を射られた。目蓋を閉じても明るい。明るい。明るい。志村新八くんは襖だけに留まらず窓までも開け放ってしまったらしい。
「うーわー!」
何か嫌な物にぶち当たった人間の声がする。そんな声を出したいのは俺のほうだというのに志村新八くんは続けてあーあとため息を吐いた。
「えーと」
きつく目蓋を閉じたままで俺は話しかけた。
「どーしたの?」
「それを知りたいなら目を開けてもらえませんかね」
あいつの声は少しイライラを含んでいた。そろりそろりと両方の目蓋を開けた俺は朝の光に晒された自室の姿を目の当たりにすることになる。
「片付けられない女ですか俺は?」
俺が自分で持ちこんだお菓子とかジュースとか雑誌とか新聞とかが惨状を形成していた。
「よくこんなとこで寝ていられますねぇ」
今度はまるで感嘆のような声。
いったいどうして俺はこいつを雇ったりなんかしてしまったのだ。
志村新八くんがここに通うようになって一週間ほどになる。仕事は特にない。イコール収入もない。それでこいつは大丈夫なのだろうか?ちょっとは気にかかっていたが、大丈夫じゃないならそのうち辞めるだろう。というか俺は大丈夫なのかなこの状態。ひょっとするとそろそろジャンプを買う金もなくなってきてるんじゃないかな。怖いから考えるのをやめよう。
あーあ、俺の城が。切り替えた思考で、俺はいちご牛乳を飲み干した。限りなく閉じられていた俺の安息の地が、暴かれてゆく。あいつの手であらかたゴミが取り除かれた俺の部屋はすでに別人みたいな顔を見せている。
「えーと、志村……新一くん?」
「新八です」
「志村新八くんは朝は好き?」
え、と戸惑ってから、まあ、好きです、という返答が返ってきた。
昼が過ぎて夕方も通り越してあいつが帰って夜が来る度に俺は部屋を前の状態に近づけるためにベランダに至る窓と客間に至る襖を閉め切って朝に備える。あいつがこの部屋に入れた光がなにやら爽やかな雰囲気となって夜の暗闇の中にまで漂っている、気がする。なんだか居心地の悪い感触だった。
明日もまた、あいつがこの部屋を開けて俺を起こすのだろうか。もしそうなったら、俺は今度こそ言ってやらなくては。「寝かせろ」とか「出てけ」とか「放っておいてくれ」とかそういう類の拒絶の言葉を。あいつがここで働くと言ったって俺の睡眠を邪魔する権利はないはずだ。そこまで生活に侵入されちゃたまらない。
ああ本当に俺はどうしてあいつを雇ったりなんかしてしまったのだろう!
決意とともに眠りに落ちたはずだったが、次の朝も志村新八くんは俺を起こして部屋を開け放ってそして俺は何も言えなかった。その次の朝も同じで、その次の朝も、その次も、その次も、その次も。……。
「おはようございます」
「……オハヨ」
「坂田さんそろそろ一人で起きて下さいよ」
「志村新八くんがもっと遅く来れば起きられるかもね」
「あの、新八でいいですよ」
おずおずと差し出された言葉がなんだかくすぐったかったけれど、そ知らぬ振りで切り返した。
「じゃあ、俺のことも苗字じゃなくていいよ」
「…………それじゃあ、銀さん」
「銀さん?」
「初めて会ったとき、自分でそう言ってたでしょ?」
「ああ、そうだっけ。……新八」
「なんですか、銀さん」
「お茶が飲みたいです」
俺の言葉に、新八は諦観のようなはにかみのような微笑を浮かべて立ち上がった。台所へ向かう後ろ姿。軽快な足音。馴染みつつある平和な風景。
「あ、そうだ。銀さん」
「なに」
「大丈夫なんですか? 戸締りしなくて」
「お前今自分で開けたじゃん」
「ベランダじゃなくて玄関ですよ。僕が来るときいつも開いてるじゃないですか」
「あー」
「寝るときに開けっぱなしって怖くないんですか?」
「んー」
「……?」
のそのそと布団から這い出して、どうやら本気で拒絶する気はなかったらしい自分の本心に今更気付いて、俺は言った。
「そのうち合鍵用意しとくわ」