冷たい手番外編2
side:マスター
「カイトは、お酒って飲める?」
「飲んだことがないので、分かりません」
確かに。
僕が、家では飲まないから、カイトも飲んだことがないんだよね。
「会社でワインをもらったんだけど、飲まないなら、料理用にしようかと思って」
紙袋から白ワインを取り出すと、カイトは首を傾げて瓶を受け取った。
「これは、飲み物なのですか」
「そうだよー。明日はお休みだから、後で開けてみようか。残ったら、料理に使えばいいんだし」
「はい、マスター」
夕飯の後、背の低いグラスを二つ取り出す。
「ワイン用じゃないけど、湯呑みで飲むよりいいよね」
「専用のグラスがあるのですか?」
「うん。好きな人は、ちゃんと揃えてるんだろうけど、うちは、あんまり飲まない・・・飲まなかったから」
カイトの青い瞳から、視線を逸らした。
「えっと、コルク抜き・・・どっかにあったよね。どこにしまったっけ?」
「これでしょうか」
カイトが、食器棚の引き出しから、コルク抜きを取り出してくる。
「うん、それそれ。普段使わないから、上手く出来るか心配だな」
ワインの口を覆っている銀紙を外し、コルクにコルク抜きを差し込んだ。
勢い余って下まで突き抜けてしまったけれど、なんとかコルクを抜くことに成功する。
グラスに注ぐと、淡い色の液体がゆらりと揺れた。
不思議そうに見つめるカイトに、グラスを一つ渡す。
「無理だったら、残していいからね」
「はい、マスター」
細かな水滴で曇るグラスを手に取り、カイトは口を付けた。
一瞬、眉をひそめたけれど、そのまま飲み干してしまう。
「そんな一気に飲んで、大丈夫?」
「問題はないようです」
いつもと変わらぬ調子に、それならと、再度ワインを注いだ。
カイトがするすると飲み干す間、僕も恐る恐る口を付ける。
甘口のワインだったので、飲みやすく、ほっとした。
それでも、ちびちび飲んでいたら、カイトがあっと言う間に半分以上開けてしまう。
「ペース早いけど、大丈夫?気分悪くなったりしてない?」
「早い、のでしょうか?すみません。どのようにしたらいいのか、分からなくて」
「ううん、いいよ。大丈夫なら、飲んじゃって。開けたら、あんまり置いておかない方がいいって、言ってたから」
そうは言っても、カイトがグラスを空ける度に心配になった。
飲んでいる時は分からなくても、後で具合が悪くなったりしたらどうしよう。カイトはボーカロイドだけど、病院に連れていっても大丈夫だろうか。
そんなことを考えていたら、とうとう一本空けてしまう。
僕がやっと一杯飲み終わったところだから、殆どをカイトが飲んでしまった。
「大丈夫?」
「はい。問題ありません」
いつものぶっきらぼうな口調に、ほっとする。
「ラベルって取れるかな?せっかくだから、取っておきたいね」
瓶を手に取り、ラベルを剥がそうとしたら、
「マスター、聞いてもいいでしょうか?」
「うん、いいよ。何?」
「マスターのご家族のことを」
その言葉に驚いて、カイトの顔を見た。
「駄目でしょうか?」
「え?あ、い、いいけど・・・今まで、聞いてきたことなにから、びっくりした」
「マスターが、聞かれたくないことなのかと思って」
青い瞳が、まっすぐにこちらを見てくる。
僕は、その目を見返して、
「ううん、大丈夫・・・。今は、カイトがいるから」
その後、遅くまで両親と兄のことを語った。
話していくうちに、気持ちが軽くなっていく。
その時、初めて、誰かに聞いて欲しかったのだと、気がついた。
カイトがいてくれて良かった。
カイトに話せて良かった。
うちに来てくれてありがとう、カイト。
「おはようございます、マスター」
「おはよう、カイト。気分は悪くない?」
昨日あれだけ飲んだのだから、二日酔いにでもなっているかと思ったけれど、カイトは「大丈夫です」と首を振る。
カイトは、随分お酒に強いんだなあと考えていたら、
「それより、夕べのことを殆ど覚えてないのですが、何か失礼なことをしなかったでしょうか?」
「ええ!?覚えてないの!?」
驚いて声を上げると、カイトは頷いて、
「はい。半分ほど飲んだところまでは、覚えていますが」
「何かしたでしょうか?」と聞いてくるカイトを、まじまじと見てしまった。
「ああ、ううん。大丈夫。むしろ、いつも通りすぎて、酔ってるとは思わなかった」
「これが、『酔う』ということなのでしょうか」
「うーん、多分。でも、いつも通りだったから、気にしなくていいよ」
「はい、マスター」
そう言って、朝ご飯の支度に戻るカイトに、
「カイト、後で・・・家族のこと、教えるね」
「え?」
「僕の、家族のこと」
カイトは、黙って僕を見つめてから、「分かりました」と頷く。
後で、沢山のことを話そう。
夕べ話したよりも、沢山のことを。
終わり