か ぞ く
ちいさな部屋の中での、戦争。まるでここは戦場だというぐらいの雄叫びが聞こえて、ああもうどうしようもないんじゃないのこの人たち、と新八は深くため息をついて最後の洗い物を布巾で拭いて、食器棚に戻した。
その途端に床が抜けるような物凄い音がして、一瞬だが新八にはこの家が浮いて地面に落ちたのだと思った。それくらいの轟音。ついで、女の子らしくない暴言の叫びと、妙に上ずったあのダメ上司の叫び声。
ああもうどうしようもないっていうかどうしてくれんのこの有様、と新八は音のしたほうに向かってため息をついた。誰が掃除するのだと思っているのだろう。もしかして誰がやるか知っててやってんのかこいつら、などと新八は眉を寄せて、なんとか治まったのか、静かになった戦場へ赴いた。
辺りを見回さなくともいい部屋の中心で新八は唖然として立ちすくんだ。ソファは全てひっくり返っていて、置いてあった場所からやけに離れた場所に転がっていた。謎だ。
テーブルは無事。(最初の位置から動いていない。おかしい)しかもあんな轟音を立てながら床は抜けていないようだった。よかったと安堵はするもののやはり謎だった。
「いつからそんなみっともない子になったの!? そんな子に育てた覚えはないヨー!!」
突然新八の耳に聞き覚えのある少女の声がベランダのある方向から聞こえて、ついでに何かが飛んできて壁にぶつかってそのまま床に落ちたのが新八には見えて、あ、と小さく呟いた。
見覚えのある銀髪はもうぼろぼろだった。はじめからいろいろぼろぼろではあるけど。
それを新八が少し距離を置いて眺めていると神楽がやってきて新八に駆け寄ってきた。顔に煤がついていて少し汚れているのにちっとも気にしてないようで、新八今の似てたか?と聞いていたので、新八は誰にさ、と苦笑した。
少し髪がほつれていたので髪留めをとると、神楽が慌てたように、ちょっと待つネ、と言って不自然に離れた場所に転がっていたソファを担いで持ってきた。さすがに女の子が出来る芸当ではないと新八は思うが、神楽なので納得できるのが不思議だ。そんな少女に頼りっぱなしな面がある自分を時々新八は責めたくなる。
もちろん、雇い主の彼にも頼ってばかりなのだが。
「新八座るヨロシ」
「…神楽ちゃんが座るもんじゃないの?」
「それじゃあ一緒に座るネ。1匹2羽ヨ!」
「いや、一石二鳥ね」
神楽に引っ張られるままに新八は少し埃で汚れたソファに腰掛けて、正座した神楽の髪を梳いて髪留めを付け始めた。
さらさらした手触りを楽しみながら髪留めをつけていると、部屋の端で呻き声がしたので新八がその方向に視線を移して手を止めた。あ、忘れてた、と新八が言うと神楽が頬を膨らませて、あんなマダオは放っとくヨ、と小さく漏らした。一応、彼のことを気にしながら新八はさりげなく何があったのか聞いてみて、だって銀ちゃんわたしの酢昆布食ったヨ、と不機嫌を露に神楽が言ったので、ああなるほど、と新八は苦笑した。些細すぎる。それでこの有様。
髪を梳き終わって髪留めをつけている最中に、今まで何処にいたのか定春が寄ってきて、ソファの背もたれの部分に顎を乗っけて新八の肩をバシバシと叩いた。
うわー定春も黒くなってる、と新八が驚いたように云うと神楽が楽しそうに笑って、定春の鼻の上を撫でた。気持ち良さそうに目を細めているのを見て新八も少し笑いながら髪留めを終らせると、ソファから立ち上がって、とりあえず倒れている彼の元へ向かった。
「銀さん」
しゃがみ込んでとりあえず呼んでみる。
「銀さーん」
二度目は間を延ばして。
「おい坂田」
三度目は名字で。
「このマダ、」
「次はフルネームでしょ普通。流れでいくとフルネームじゃないの!?」
そういいながらガバリと銀時を身を起こして新八に迫って、その新八はそれを分かってたように身を交わして右足で蹴った。
さきほどの神楽と銀時の轟音に比べると威力も音も迫力もないが、銀時にはそうとうのダメージがあったらしく、大人げもなく泣いていた。うわー、と新八が嫌そうに眉を寄せて、神楽がソファの上で、あんなオトナにはなれないネ、と喧嘩を売るように吐き出した。
とりあえずまた些細なことでこの家を壊してほしくなかった新八は、怪我ありますか、と座り込んだまま動かない銀時の腕を引っ張って移動させようとすると、え、ちょっとまって身体ミシミシいってるんですけどぉ!!と暴れた。もっかい蹴りますよ、と新八が腕を引っ張ったまま云うと銀時はすぐに押し黙った。
神楽はそれに呆れて苦笑。まるで子供ヨ、と続けて笑った。
とりあえず新八が二人の手当てをして、掃除を三人と一匹でした。
銀時の腕や顔に特に多かったのは引っ掻き傷であって、たぶんほとんどが定春の攻撃によるものだと分かった。それに神楽は、だってわたし蹴っただけヨ、となんの詫びれもなく口にして、また些細な争いがうまれかけた。
ああもう本当にどうしようもないよこの人たち、と新八は深くため息をついて手に箒を持って。
一言言って止まらなかったら顔に傷ついても許してもらわなきゃ、と深呼吸をすると新八は言い争いを始めた学習能力がない二人に向かって、小さく笑った。
どうしようもない、かぞくです。