君に心を
「あんたまだ居たの」
そうして半年も経った頃、二人は再び顔を合わせた。風を纏ってふうわりと背後に降り立った少年に、ウィンドゥは振り返り満面の笑みを向ける。大きな丸眼鏡がキラリと光った。
「ルック、ルック。見ておくれよ! もうすぐなんだ。ぼくの最高傑作が今まさに完成するよ!」
『窓の紋章』の負荷がどれほどのものか知らない。けれどウィンドゥの額に頬に大粒の汗が伝っていた。時折荒く息を吐いている。その両手の中では、飴細工のような『モノ』が大きくその姿を変えていた。鮮やかに色付いてゆく。そうして一つ高い音が響き──一際大きな飾り窓が陽の光を受け煌めいた。
「ご覧よルック! ぼくの生涯の傑作だよ! あぁ、最後のこれを完成させるのにどれほどかかったことか……!」
決して豪奢ではない、けれど柔らかな曲線を描き極彩色の息吹を感じるこれは──
「ルック、これは君だよ。世界を鮮やかに色付かせながら巡り巡る風さ! どうだい、気に入ってもらえたかい?」
陽光が飾り窓を通して極彩色にルックを彩る。瞬きを忘れたように茫とそれを視界に入れたまま、ルックはただただそこに佇んでいた。どくどくと『ツクリモノ』の心臓が早鳴る。忘れていた呼吸で肺が満たされ一つ二つと瞬いた。その合間に無彩色の世界が混じる。そこでようやくルックは意識を取り戻した。
「……こんなもの」
呟いて、俯き右手を強く握り込んだ。極彩色の世界なんて、まやかしだ。いつだってルックの世界は、この忌まわしい紋章の見せる灰色で塗りつぶされていたのだから。
「灰色なんかじゃないよ」
見透かしたようなウィンドゥの言葉に、ルックは鋭く顔を上げ睨み据えた。
「あんたに何が判る」
「──君も知ってのとおり、ぼくは飾り窓職人さ。飾り窓のことなら誰にも負けない。どんなところにも、どんなものにだって、ぼくには窓が見えるんだ」
言いながら、ウィンドゥはルックの胸元に指先で触れる。そうしてノックするように三度叩いた。
「ぼくには、ひとのこころが窓に見える。そう、君のここに、窓がある。やさしいいのちの息吹の色をした、窓が」
すうと離れた指を辿るように見やったあと、ルックは俯き震える右手を胸元へと添えた。
「この塔で仕事をしている間、ときどき君を見掛けた。君はぼくに気付いていなかったのかそれとも無視していたのか──とにかく、きみの窓が時折揺らぐのを見た。そう、灰色にね」
ぎくりと、ルックの眸が見開かれる。安心させるように大きな手でその華奢な両肩をやさしく叩き、ウィンドゥは続ける。
「でもきみは決してそれに屈しないんだ。瞬きのあとにはもう、元の鮮やかな風色に戻っている。だから最初は気のせいかと思ってた。でも、ここではないどこかを見ているときの君の窓は灰色に塗りつぶされていて──だからぼくは、一番陽の光の入るここに、君の窓を作ろうと思ったんだ」
陽に煌めく飾り窓を背に、大きく両手を広げてウィンドゥは天を仰いだ。そうして瞼を閉じる。
「こんなにも色鮮やかに光り輝いているんだ、て! ぼくの見た君の窓を心を魂を、君自身に知ってほしかったんだ」
「これが……僕の、心……魂、なの」
魅入られたように微動だにせず、ルックは茫と極彩色の窓を見ていた。
「そうさ! 希望の光に満ちた色鮮やかな、風! どう、気に入ってもらえたかな」
一筋伝った涙を誤魔化すように、慌ててルックは俯く。胸元を握り締め、震える声で呟いた。
「僕は……未来を、信じていいのかな。灰色の世界を、鮮やかに色付かせ──られるかな」
戦場では大きく見えた少年は、今はただ年相応の小さな少年に思えた。ふうとやわらかく、けれど締まりのない笑みでウィンドゥは力強く頷く。
「もちろん! だって君はこんなにも、極彩色の魂を持っているんだもの!」
俯いたその下で、ルックは泣き笑いのように笑んだ。ウィンドゥにそれを見ることは出来なかったけれど、ルックの窓が一層鮮やかに煌めいたから──きっと喜んでもらえたのだと、そう思った。